ルスツライフ終盤には『有珠山噴火』も体験し、貴重な経験となった。ルスツにも、風向きによっては灰が降り、日に日にゲレンデを汚していった。
余震が続き、フレンチレストランのディスプレイで積んであったグラスタワーがいつ崩れ落ちるか(撤去しちゃえばよかったのに)ハラハラだった(´Д`;)
夜寝るときにも、心配性の私はTV(NHK災害情報)つけっぱなし。
ルスツの被害はそんなでもなかったけど、洞爺あたりから向こうの観光ホテルや飲食店などはメチャメチャになって、臨時休業せざるをえなかったみたい。
交通規制も敷かれて、そこから先には行けなかったから、洞爺の飲食店でよく飲み食いしていた私達はちょっと切なかった。いつものあのお店もだめになっちゃったのか・・・。
名残惜しいルスツを、仲間より少し早めに旅立った私は、いよいよ彼の元へ・・・。
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私の母は純情で、生真面目な人だった。
だから、恋をした私はしょっちゅう母とぶつかっていた。
彼と出掛けるって申告すれば、家を出してくれなかったりするわけ(´Д`;)
朝帰りをすれば、玄関に正座して待っていて、やっと帰った娘を見て泣くわけ・・・(´Д`;)
もう社会人なんだからいいじゃんって思うのに、出掛ける私を追ってくる、母のいつもの台詞・・・
「どこ行くの?誰と行くの?何時に帰ってくるの?」
ん~もうっ!!!
うるさ~いっ!!!
母娘喧嘩が始まると、どちらも引かない。口が達者(?)なもんだからお互いに『ああいえば、こういう』パターンが延々と続く。
父が仲裁に入ったりなんかすると、母娘二人とも矛先が変わり、なぜか関係ない父がコテンパンにやっつけられちゃったりするわけ(´Д`;)
ホント、一緒に住んでいるうちは、ライバルのような、天敵のような、そんな存在だった母。
そんな母に『同棲する』なんて告白しちゃったら大変なことになる。
もちろん反対するだろうし、それでも押し切ろうとすれば妨害するだろうし、うまいこといかなくなるのは目に見えている・・・。
だから私達は、こっそり着々と計画を進めていた。
一緒に住むアパートを探し、引越しを手伝ってくれる仲間を探し、トラックを動かせる先輩をお願いし、アパートが決まって賃貸借契約を結び、もう準備万端。
あとは、引越しの日が来るのを待つのみ!
でも、さすがにいざ家を出るとなると『なんて言ったらいいものか?』とか『ちゃんと言わなきゃな』とか悩み始めていた。
家を出るまで1週間もなかったある日のこと。
母が嫌味のつもりで言った言葉が、話を切り出すきっかけとなった。
「お婆ちゃんがテレビを見て教えてくれたんだけどね、あんたみたいに結婚もしないで、働きもしないで、いつまでも親のスネかじっているようなもののことをパラサイト・シングルって言うんだってよ!」
ムカッ!!!(≧皿≦)
パラサイト・シングル(parasite single);親と同居し、住居や家事など、基礎的生活条件を親に依存(寄生)しながら、独身生活を謳歌する未婚者のこと
確かにそのときは、ルスツ明けまもなくて働いてなかった。でも、ちゃんと貯蓄から家に生活費を入れていた。 『パラサイト(寄生)』なんて心外だわ!!!
ってことで、ビシッと言ってやった。
「心配しないで。あと数日で私ここ出て行くことにしたからサ。」
「は!?」
「彼と同棲することにしたから。アパートの契約も済んで、入居の日ももう決まっちゃってるからね。いつまでもここにいないから、安心してよ。」
ここからまた母娘の言い争い、エンドレス・・・。
そのうち諦めたのか、呆れたのか、母がしくしく涙を拭きながら語り始めた。
「あなたがまだ1才ちょっとのころに妹ができて、落ち着いたと思ったら今度は弟ができて、甘えたい盛りのあなたにちゃんと愛情注いであげられなかったの、お母さん後悔してる。だから、不満があって、こうして反発するんだろうな~って思う。私の育て方が悪くて、申し訳なかったと思ってる。」
ムッカー!!!(≧_≦)
「愛情足りなかったとか感じたことは、一度もありません!むしろウザったいと思ってたくらいだから!ただ、私はやりたいことをやろうと思うだけ。人生太く短くって思うだけ!」
「せっかく産んだのに、『太く短く』なんて言わないで。長生きしてちょうだい・・・」
「気持ちのことを言ってんの!お母さんの言いなりになって、やりたいこと我慢して、無駄に毎日暮らしていくつもりはないってことを言ってんの!」
それから私は、どんどん今まで口にできなかった思いをぶちまけていった。
結婚するって言ったのに、何故私達が別れることになったのか?
うちの親は私が長女だったから結婚式を盛大にやってほしいと願い、彼の親は片親のため、わざわざ人前に身をさらすのが嫌だとこぼし、こじんまりとした披露宴の方がいいと願っていた。
板ばさみとなった私達は、その問題をどうすれば乗り越えられるかが分からなくなって、ストレスになって、プレッシャーになって・・・結婚も、二人のことも、投げ出してしまった。
もちろん自分達の気持ちが弱かったことも原因だったけど、少なからず結婚式するしないは、若かった私達にとってかなりのダメージだったのだ。
「お母さんたちが、私たちが結婚するってことよりも『結婚式』にこだわってたから、あのときもう嫌になって私達別れたのよ!今回は邪魔されたくないから、密かに準備してきたんだから!」
ちょっと、言いすぎだったかな・・・。
そんなこと、思いもよらなかった母が驚いてまた涙をこぼす。
その他にも何かいろんな話をして、二人とも泣いたり、怒ってみたり・・・。
いろんな手で私を説得しようとした母だったけど、やっと諦めたらしく
「だったら、相手の親御さんともちゃんと会いたいと思うから、引越しが終わってからでも、うちに来てもらうように伝えてちょうだい・・・」ってぽつんと言った。
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