恋愛

2009年2月23日 (月)

パパの手料理

今朝、何気に見ていたTV番組でお料理のコーナーを見ていたパパが

「これ、うまそ~!」

「コレなら俺でも作れる!」

と言うので

「じゃ、今日のお昼、よろしくね」

と言ってみた。

しかし、材料として欠かせない生卵が1個しかない。

勢い余って1パック全部ゆで卵を作ってしまっていたので生卵の残りはあと一個。

そこでかのを連れてパパが歩いてスーパーへ。

そうだ。

もっと歩け歩け。

減量しなきゃ、完全メタボだからね。

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見よう見まねでパパが作った(助手あり)ピリ辛カルボナーラうどん(そんなネーミングだったような?)。

簡単で、コレがなかなか旨かった。

っていうか、人の作ってくれたものって、やけにおいしく感じるよ。

毎日朝昼晩自分の作る料理ばかりだと作るのにも、食べるのにも飽きてしまうんだよね。

たまにこうして何か作ってくれたらいいな~と思いました。

・・・もう、当分こんな事はないでしょうが。

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今日のお弁当。

冷凍ストックしといたコロッケ。

ゆで卵。

ブロッコリー。

冷凍ミートボールに冷凍お星様カツレツ。

リンゴ。

焼きおにぎり。

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急に今日の電話で、ハナばあちゃんがいるうちにみんなで集まってひな祭りしたいという事になり、夕方から実家へGO!

昼のうどんの時に、久々に食べた味付け海苔が旨くって、

思わず食べ過ぎて胃が膨れてかなり具合悪くなり

一時は行けるかどうか?って思うほどだったけど

お茶を飲んでなんとかもたれを解消できたので行ってきました。

弟夫婦も来ていて家のチビっ子たちも大はしゃぎ。

会が終わる頃、ハナさんが自分の誕生日があさってだという事をぽろりと言ったので、

じゃぁ、今日はお誕生会で集まった事にしようか?なんて笑いながら、

もっと早く言ってよ~とか

「母さん(ハナさん)の誕生日も忘れていてごめん」(母)とか大騒ぎ。

2家族の帰り際に、仕事が遅かった妹も帰宅して

お土産におばあちゃんにプレゼントとして持ち帰った花かごがグットタイミングでよかったネ。

家族みんな仲良くて、幸せなことです。

「お付き合い」で今回の会ではうちのパパとか、弟のお嫁さんとか

色々気を使うところは確かにあるんだろうけど、

いつも嫌な顔をせずに付き合ってくれて感謝です。

願わくは、もっと積極的に父と語り合って酒をおいしくしてやって欲しいところですが・・・

社交的ではないパパにとっては、

こういう集まりに顔を出すだけで精一杯というところなのでしょう。

多くを望めば不満が募るので、

「うちの人はこういう人なんだ」

って割り切るしかありません。

もちろん、パパだって私に対して募らせている不満はたくさんあるのでしょうから、

お互い完璧じゃないもの同士

許容しなければならない事なのでしょう。

でも、少しづつでもいいから「進歩」しなきゃなって、、、

私はそう思って生きています。

嫁として、母として、妻として、一人の人間として・・・

時を重ねる分だけスキルアップ、レベルアップできたらいい。

結婚した時のまま、ずっと変わらず・・・

もしくは、結婚した時よりも悪くなってる・・・

って言うのは、、、

嫌です。

私が嫁ぎ先の家族に馴染んでうちとけようと努力しているのと同じように、パパにも誠意を持って私の家族に接して欲しいと思ったりします。

私は社交的だから、旦那の家族と仲良くするなんてお茶の子さいさいだろうなんてことはないのです。

私だって

「どうしたらお義母さんが喜ぶか?」

「どうしたらキクちゃんが嬉しいか?」

「義弟とはどの程度のかかわり方をしたらいいのか?」

当たり前のようにやっていますが、常に気を使って生きているのです。

まぁ、嫁だから当然と言われればそれまでですが、たまの親戚付き合いくらいはパパにもそれなりの気を使って欲しいと願うのです。

うまくできるかどうかではなく、誠意があるかどうか、そこが肝心なのです。

ポジティブに、上を向いていきたいです。

自分だけでなく、パートナーにもそれを望みます。

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2008年10月 2日 (木)

衣替え

幼稚園の制服はもう10月1日から衣替えだけど、我が家の衣替えは現在進行形が持続していますsweat01

なかなかスパッとは行かないんですよ、これがねcoldsweats01

仕舞うものをもう一度洗いなおしたり、出してきた厚モノがタンスに入りきらなかったり、親戚にお下がりにするものを見繕って洗い直しや仕分けや・・・。

季節ごとのものがそっくりそのまま入れ替えられるような広いクローゼットや倍以上のタンスなどがあれば簡単なんだけどね。

家族の人数が増え、チビたちが成長するごとに増えてくるアイテムに、入居当時は広いと思った我が家もあっという間に手狭な感じになってきています。

今日みたいに天気がいい日にはガンガンお洗濯、ガンガンお片づけ。

いののお弁当がお休みで、なんとなく朝から気楽なこともありはかどりましたhappy01

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パパのタイヤがパンクしてました。

郵便局にかののお散歩がてらのお使いを頼んだら、郵便局がこんなに近いって言うのにヤツは車で行きやがったのですよ。

はい、パパをヤツと言うからにはこれは愚痴です。

出かけるときはいつも車。

それでついうっかり車で行っちゃったのでしょうが、車で回るより、歩いたほうが近いでしょう!?って距離ですわ。

ちょっとイラッとしましたよ。

この快晴の秋の空の下、かわいい娘の手を引いてお散歩しようという気にはならんのでしょうか?

近距離の郵便局から帰宅して、パンクに気付いて予定外の出費約1万でした。

まぁ、パンクは不可抗力で仕方がなかったのだけど。

晩御飯のおかずを作り、1/3を隣へお届けにあがり、帰宅すると我が家のみんなで食べようと思っていた量のおかずが全てパパの胃袋の中へ消えていました。

チビたちはまあ別のおかずで事足りていたから良かったものの、私の食べる分がありません。

それだけおいしかったんだろうと思えばいっか!?

いやいや。

朝から晩まで立ちっぱなしで目眩するまでせっせとせっせと働いて、この扱いですか。

がっくりきました。

食い物の恨みは恐ろしいといいますが・・・

私、両家の大量のおかずを、ただ作る人でしたcrying

・・・ってか、パパ食いすぎでしょう。

こないだの弟の結婚式で久しぶりに会った親戚たちに口々に「痩せたんじゃないか?大丈夫だか?」と言われましたが、自分としてはもう1~2kg痩せてもいいという体重です。

きっとパパの隣にいたからそう見えたのだと思うのです。

結婚当時のパパしか見てない親戚たちは、10kg以上も体重増加したパパの姿に変わらぬ姿の私が並んだものだから、私がやつれて見えたのかもしれません。

どちらかといえば(いえ、確実に)カカァ殿下な我が家ですが、はた目にはきっと私が嫁に行ってこき使われているように映ったのかもしれません。

すぐ車に乗る。

歩かない。

あればあるだけ食べる。

食べれば寝る。

体型にその生き方が現れると思う。

怠慢な生き方はそのまま体型に現れると思う。

病気でこの体型・・・とかなら仕方ないことだけど。

そういう生き方をしているのが嫌。

それが自分でも、相手でも。

スマートでハンサムな生き方をしたいものだわ。

理想どおりには行かなくても、できればいつも上を向いて生きていたい。

今より上、今より上を・・・

そう意識して生きていたいのよ。一日一日を。

それを相手にも求めてしまうのは、望みが高すぎか?

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2008年9月27日 (土)

弟の涙

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弟が結婚しました。

チビっ子爆弾を2つ抱えての披露宴参戦参加は想像以上に大変でしたがなんとか乗り越えられましたcoldsweats01sweat01

とにかく静まり返っている式の時間とか祝辞の時とか、そういうときに大騒ぎしないようにいろんな手を使いました。

いの&かのの好きなトトロのマスコットキーホルダーを用意しといて出してみせる。

いつもは買ってあげないようなおまけ付きのお菓子を持たせる。

好きなおやつを与える。

・・・・・。

しかしながら敵強し。

広くてきらびやかな空間を前にして走り回りたい衝動に駆られるのは必至。

パパとお義母さんと私の3人で抱っこしたり、制止したりハラハラ肝の冷える数分間でした。

なんとか静かにしなければならない時を乗り越え、祝宴が始まってからは会場外で相手方のチビっ子たちと戯れ、意気投合してキャッキャと走り回るいの&かの。

年上の子も2人いたってのに、遊びを仕切るのはいのだったりして。まったくもうsweat02

今度は少し音の出るおもちゃの類も使えるのでボタンを押すとプリキュアの決め台詞が出るペンダントなども出動。

披露宴のイベントのひとつとして、チビっ子たちからの花束贈呈をすると各自おもちゃをもらえるというのがあり、その時にもらったおもちゃでまたかなり時間稼ぎができたり(笑)。

弟は小さいとき泣き虫だった。

3人妹弟の末っ子でかわいい存在だった。

それが中学生くらいからか身長がどんどん伸び社会人になってからは肉付きも良くなり、もうかわいいとは言えない体格となった。

小さい時はどちらかといえばひょうきんというか、楽しげなガキンチョって感じだったのにいつからか口数も少なくなり『この子はいったい何を考えているのだろう?』と気持ちのつかめない子になっていた。

披露宴での新郎の挨拶なんてできるのだろうかとかなり不安だったのに、目からうろこっていうか、まるで別人!?

普段必要なことも喋らないくらいの無口な弟が、饒舌も饒舌!!!

どちらかといえば長いスピーチ。

でも、無駄に長いわけではなく・・・

会場の皆さんへ向けて、両家の両親へ向けて、あふれる思いをそのままに語る弟のいっぱいの言葉に涙がこみ上げた。

小さい時の泣き虫はひそかに健在だったのか、感動屋さんの弟自身も最後にこみ上げるものをこらえきれずに顔がゆがんで・・・

手前味噌ながら、本当に立派でした。

付き合い始めて1年かそこらでのスピード結婚。

きちんとやっていけるんだろうか?

考え方が甘いんじゃないのか?

・・・そんな思いもあったけど、あの挨拶で弟の思いを聞いたら、もう今は安心できました。

結婚は大変なこともいっぱいあるけど、あなたたちはきっと二人でしっかりやっていけるよ。

5つも年下の、心が和むような存在の彼女、お嫁さんになってくれた彼女と二人頑張って、あたたかい家庭を気付いていってほしいと思いました。

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オメデトウbellshine

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2008年9月26日 (金)

なんか忙しい

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今日のお弁当。

冷凍のミートボール。

ウズラの卵焼き、今日は魚肉ソーセージプラスで。

小松菜ときのこ(えのき・ぶなしめじ)・鶏ひき肉とベーコンのクリーム仕立て。

冷凍ミニオムライス。

長芋のマヨチーズフリット。

タラコおにぎり。

長芋のフリット(揚げ焼きだけど;)はカリカリのマヨネーズと粉チーズ入りの衣が付いていてサクホクッとおやつ感覚でいの&かのに好評note

鶏ひき肉は実は前日大量に炊いた鶏そぼろの消費のためのメニューでした。共同購入でGETした冷凍のベシャメルソースペレットで簡単にhappy01

あぁ。

明日はいよいよ弟の結婚式。

お色直しの退席のときに妹と私がそれぞれ一度づつ弟をエスコートして退席するということをつい昨日頼まれた。

ちょっとドキドキ。

っていうか、弟と手をつなぐとか腕を組むとかなんて本当に小さい時以来なんですけど・・・。

まぁ、いい思い出になることは間違いナシですが。

披露宴後の後引きというのか、実家に親戚が集まってまた祝宴をするために母も用意するのだろうが、きっと手が回らないこともあると思うので、なんやらかんやら簡単なおつまみを数種類用意しようと思うので、なんとなく気ぜわしない。

材料の買出しとか、うちにある座布団を届けたりとか・・・

いよいよだ。がんばるぞいrock

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2008年7月30日 (水)

ケーキバイキング

今年もまた参加できましたnote

パパの会社の組合主催スイーツバイキングcakerestaurantcafeheart04

今回の会場はビューホテルでした。

去年はかのはまだベビーカーに乗っている赤ちゃんだったけど、今年は張り切って大参戦smile

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やっぱりチビっ子はポテトにご機嫌ですsmile

                               

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今年はうっかりカメラを忘れておんぼろ携帯でショボショボの撮影sweat01

皿に盛りすぎで失礼coldsweats01

チビっ子がいるとパパと交互に子守をしながら取りに行かなきゃいけないので一気に全種類持ってきて、あとは分けて食べましたhappy02

ケーキは全10種類、ピザが4~5種類、スパゲッティ、ピラフ、ポテト、唐揚げ、手巻きクレープ(実演)、サラダ、コーヒー、紅茶各種ジュース、ウーロン茶・・・これが今年のメニューでした。

去年よりジュースの種類も多く、ピザもおいしく、大満足。

その場でシェフが焼き、やわらかふっくらのレーズンなどが入っているとろとろカスタードクリームを巻いてくれるクレープもとっても美味でしたconfident

チビっ子が食べ飽きるともう落ち着いて座っていられなくなるもので、その対策として今回はプロジェクターでアニメや映画などを放映してくれるスペースも設けられ、子供たちも大盛り上がりhappy02shine

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にぎやかだったピーナッツギャラリー、戦いが終わり(?)・・・

貸切になっている制限時間30分前だけど、もう皆お腹いっぱいになり、帰りたい人は帰ってもよいということになり一気に会場はガラ空きに。

お土産に一人一袋ずつ頂いたのは、たぶんホテルの手作りのブラウニーとドライフルーツたっぷりのパウンドケーキを一切れずつ。

かわいい紙の袋にペーパーで包まれたケーキが入っていたのだけど、それが夏場のこの時期ということもあり、帰って開けてみるとベタッと紙に張り付いちゃっていたのがちょっと残念でしたが、スイーツバイキングの余韻を楽しむいいお土産でしたhappy01

帰り道、車の中でふと思い出したこと。

「パパ、そういえば12年前だったっけ・・・?あのラウンジでうちの両親と会って結婚しますっていう話をしたんだよね?懐かしいね~」

まぁ、その挨拶的なシーンがあり、その数ヵ月後うちらは別れて微妙な5~6年を過ごしたんだけどね(苦笑)。

結婚式するとかしないとか、どのくらいの規模でやるとか、両家の間でうまく舵取りが出来ずにもう面倒くさくなっちゃって二人は放り出してしまったんだよね。

結局こうして結婚できたけど、果たしてそれが良かったのか?

あのまま別れとけば良かったのか?

ゲームばっかやってる旦那、起きたらご飯食べてタバコ吸って、寝て、ゲームしてタバコ吸って、また食べてタバコ吸って、寝て・・・私の機嫌が悪くならない限り子供たちの相手とか、家のこととか自主的にはちっともやってくれない旦那。

はぁ~。

この瞬間も朝起きてきてパン食べてすぐそこに横になってイビキかいて寝てるしsad

もっと覇気のある、リーダーシップのあるパパならいいのにな~っていつも思う。

でも、こんなパパのおかげで格安でスイーツバイキングとか行ける。

でもなぁ~despair

だらしなく寝ているこのでかい図体を撮影してブログUPしてやりたいくらいだ。

まったくもうannoy

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2008年7月20日 (日)

祭りの日、弟が結納

去年の夏から彼女が出来てオタクからオソトに変貌を遂げた弟がこの秋に結婚することになった。

結婚するまで11年も費やした私から言わせてもらえばスピード婚だbell

相手は3姉妹の末っ子さんで、長女も次女もきちんと結納をして結婚をしたというのでやはり弟たちも結納をしなければ・・・ってなるよねcoldsweats01

私たち夫婦は結納などナシで簡単に結婚したので結納の品とか目にすることもなく、その儀式を体験することもなく今に至る。

ってことで、実家の両親もこのたび初めて結納を体験。

弟のおかげでどんなものを結納で納めるのかとか、どんな儀式なのかとか伝え聞いて、写真も見せてもらってちょっと勉強になった。

それにしても、あの弟がねぇ・・・smile

結婚は楽しいばかりじゃないけど、仲良く素敵な家庭を築いてほしいと願います。

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今年は祭りの一日目は妹と私といの&かのの4人で繰り出してきました。

こんな曳山をたくさん見て、お囃子を聴いて、その日は実家に泊まったのですが、夜中に突然かのが目をつぶったまま(たぶん頭は寝てる)泣き出し・・・

いわゆる「虫を起こす」ってやつ?

日中見た祭りの曳山などがなんだったのか理解できないまま通りすぎ、未消化のままだったとかで怖い夢でものかな?

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でも、怖いばかりじゃない。

風船、金魚すくい、綿飴、スーパーボールすくい、ハッカパイプ、かき氷、今年の流行はねじれ棒のようなおもちゃsweat02

子供にとってはワクワクするものがた~くさん。

かのも一丁前にお姉ちゃんと同じものを主張するようになったので親の財布はピーピー。

じいじやおばあちゃんたち、それに若い叔父さんや叔母さん(義弟・妹)たちからお祭りでお小遣いをたくさん頂いたけど、それはできるだけ子供たちの通帳へ貯蓄。

祭りに行くときにキクちゃんがお小遣いとは別にくれた小銭をたくさん入れたぽち袋を持っていこうと、いのにどこにおいたのか聞くと「2階の遊ぶお部屋」だという。

子供部屋のいのが置きそうなところを探してもちっとも見つからない。

本人に探させたら「隠してあるの」とぎりぎり手が届く高い窓のカーテンの陰に隠しておいていました。

そんなところに隠しても、隣の家からは丸見えです(笑)。

いのはお金の使い方はまだよく分からないけど『お金は大事なもの』ってことは理解できているようです。

TVCMなどで魅力的なおもちゃやお菓子を見るたびに「いのもこれ欲しい、買って!」って言うのには毎度イライラしますが、本気で言っているのではないのも分かっているので「誕生日とかクリスマスの時に本当に欲しいものをもらうようにどれが一番いいか考えておくんだよ」ってかわしておきます。

ちなみに、かのはまだ1歳なのでお金の大切さなんて全く分かってません。

気が付けばキクちゃんにもらった小銭用ぽち袋は無残にビリビリ破かれ小銭が辺りに散らばっていましたwobbly

破壊王、かのです。

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2008年1月 3日 (木)

ソフト部会新年会

「いの、雪だるま作りたい!」

そのリクエストに応えるべくパパが出動。

かのも『私もついていきたい』と泣くのでいののお下がりのジャンプスーツを着せて外に出してみた。

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かのがいると雪だるまどころではないのでそり遊びに変更。

かのはそり初体験です♪

なかなか楽しそうでしたが・・・

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寒くてお鼻がまっかっか。

                                   

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・・・&笑顔がこんなに引きつってきたのでまだまだ遊びたいお姉ちゃんより一足お先にお家の中へ避難です。

✿ฺ:*:・・:*:✿ฺ ・:*:・・:*:・✿ฺ ・:*:・ ・:*:・✿ฺ:*:・ ・:*:✿

大阪に嫁に行った仲間が帰省中で会えるとのことで集まれる人だけ集まって8人中5人で会うことになった。

その子とは1年半ぶりくらいだろうか?

結婚してからの彼女に会うのは初めてだったけど、前よりちょっと落ち着いたような、大人になったような、そんな雰囲気が漂っていた気がする。

見た目は相変わらずベビーフェイスだったけど(*≧m≦*)

そういえば結婚式とか参加できずにうやむやに過ぎてきたけど、彼女にはまだソフト部恒例のお祝いをあげていないよね!?

個々のお祝いは別として、今まで続いてきた一人3000円×7人でちょうど税込み2万円分のお祝いをあげられるんだけど・・・

後で何がいいのか聞いてみよう。

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いつもお店の手配やれんらくをしてくれるスゥをはじめみんなへの感謝をこめてまたやもとしょうさんの『ありがとうショコラ』とお正月に9合煮た丹波黒豆を使って黒豆のケーキも作ってみた。

味見もせずにみんなに持っていったけど、帰ってから食べてみたら甘みが足りなかったヾ(´▽`;)ゝ

黒豆の煮汁の甘さで充分かと思ってハチミツ以外入れなかったら、やっぱちょっとはお砂糖入れるべきだったわ。

みんなに試食係りになってもらっちゃったね。

次回はもっと美味しく作るから勘弁(笑)!

昔のへんてこりんな写真なんかを持ってきてくれたのを見て大笑いしたり、楽しいひと時でした。

でも、私の近況報告は最近会うたび愚痴ばかり・・・。

聞いてくれるみんな、ありがとう。

私ももっと幸せにならなくちゃ!

頑張らなくちゃ!

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2007年10月28日 (日)

結婚記念日☆7th

そういえば今日は結婚記念日だった・・・という感じでパパと思い出す7年前の今日。

今頃は市役所に婚姻届け出しに行ったんじゃなかった?とか、新郎スピーチを考えてほぼ徹夜だったよね、とか懐かしい話。

✿ฺ:*:・・:*:✿ฺ ・:*:・・:*:・✿ฺ ・:*:・ ・:*:・✿ฺ:*:・ ・:*:✿

新聞を読むパパにいのが声をかけた。

いの「パパ?どうしたの?」

パパ「え?新聞読んでるの」

いの「へぇ~!」

・・・わが家では主に私が新聞を読んでいて(まぁ、熱心に見るのはチラシだけど;)興味深い記事があるとパパに読んで伝えたりする程度。パパが新聞を広げてじっくり読んでいることなんてないので、めずらしいことをすると娘に『どうしたの?』なんて聞かれてしまいます。

新聞記事といえば、比内地鶏の偽装事件、ショックだったね~。魁新聞の一面に出ていた偽装商品の写真を見てぎょっとしちゃったよ

ガーーーΣ(゚д゚lll)ーーーーン!

だってこの比内地鶏の燻製や卵なんかのセット、4~5年前に両家の実家にお中元かお歳暮に送っていたからさ(⌒▽⌒;)

偽装は10年くらい前から行われていたって事だから、私らが送ったのもバッチリ偽物il||li _| ̄|● il||li

実家に行ったときに「見た?比内地鶏。私たち送ったの確かコレだったよね?ゴメンね~偽物なんか送っちゃって」って母に言うと「仕方ないよ、まさかそんなことがあるとも思わないし。本当に世の中どうなってんだかね!」って怒ってた。

国体でせっかく盛り上がった秋田も、これで一気にイメージダウンだよヽ(;´Д`)ノ

それにしても今の世の中、消費者はなにを信じて物を選べばいいんだろうね???

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2007年8月28日 (火)

弟の彼女

最近我が家のPCの調子がすこぶる悪い。

パパがやっているオンラインゲームが途中で止まるようになったことから始まり、このごろはブログを書いているときも、メールを読んでいるときも、いつものお気に入りサイトを見ているときも、とにかくやたらめったらフリーズしてしまう(つд-||)

やむを得ず強制終了して再起動しても・・・立ち上がらずil||li _| ̄|● il||li

壊れた?

こんなときは4歳下の弟に相談!

お昼前、何度やっても起動しなくなってしまったPCに困り果て、少なくともうちら夫婦よりはずっとずっとPCに詳しい弟に連絡してみた。

今日の晩、様子を見に来てくれることになった。

✿ฺ:*:・・:*:✿ฺ ・:*:・・:*:・✿ฺ ・:*:・ ・:*:・✿ฺ:*:・ ・:*:✿

晩御飯の支度が終わる頃、彼女も一緒に行ってもいいかと弟から電話があった。

「うん、いいよいいよ!」(^-^)

・・・って言っちゃったけど

エェーーーーーっΣ((゚ロ゚屮)屮

弟が来るだけだって油断して、ちょっとこのへん散らかってるんですけど?

初対面の彼女に見せるにはあまりな光景に思われるんですけど?

ヤバイヤバイヤバイ!!!

応急処置。

大急ぎで見えないところに散らかっていた書類やなんかを押し込めときました(;^_^ A ふぅ~(母さんみたい?)

私からすれば8~9歳年下の弟の彼女と、まともに喋れるかどうかちょっと不安もあったけど、まぁ弟が好きになる人なんだからいい娘に違いないはず・・・と会ってみたら違和感なくお話できるいい娘でした(^-^)

いつもつれない硬派(?)な弟のファンであるいのは、はじめのうち彼女に若干ジェラシー(笑)。でもすぐに慣れてお姉ちゃんお姉ちゃんとじゃれていました(*^m^*)

PCトラブルは結局明確な解決策は見出せず、大事なデータのバックアップがすんでから再インストール?とかなんとか・・・。

途中私がかのを寝かし付けに行っているうちに、詳しくはパパが聞いててくれたので、今度の休みにでもじっくりやってみてもらわなきゃね。

・・・弟が彼女を紹介してくれたときのことを今思い出してみると・・・私、ちゃんと自己紹介していなかった気が???

「はじめまして~いつも弟がお世話になってます。一番上の姉です」

・・・その後、なんて言ったか言われたか思い出せない( ̄Д ̄;;

パパのことちゃんと紹介したっけ???

いのかのの紹介はしたような・・・?

普通に話せていたようで私、結構緊張してたか???

いや~ん、私ってば余裕な~い!!!(つд-||)

弟よ、急なことだったので姉は緊張の上に晩御飯のお届けタイムやお義母さんのお帰りタイムやいのかののお風呂上りのバタバタで、もしかして何か不行き届きがあったかもしれない。

すまん(;´Д`)ノ

彼女によろしく伝えてください☆

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2007年8月21日 (火)

オタクからオソトへ

買い物帰り、できあがった写真などを届けに実家に寄って母と妹とおしゃべりしてきた。

実家にはいま、環境変化のさざなみが・・・

なんと、弟に彼女が出来たのです∑(゚∇゚|||)

高校生の頃からか?いや、大学生の頃からか?

・・・いずれずうっと昔から一日のうちの大半PCに向かっていた弟。

社会人になってからも、仕事と友人付き合いの他はいつもPCにはりついていて、弟の部屋からはキーボードをたたくカチャカチャという音が聞こえているのが常だった。

あるとき弟の部屋に用があって行ったとき、PCの脇にグッピーかなんかの小さな魚の入った瓶がおいてあるのを見てビックリした私は思わず聞いた。

私「へぇ~!あんたちゃんと生きてるものにも興味あったんだ!?」

弟「・・・失礼な・・・」カチャカチャカチャ・・・・

そんな弟に彼女が出来たのは先月くらいか?

髪を切りに行く暇も惜しんでオンラインゲームに振り回されていた弟が(みんなこうなるのかしら?)身なりをきちんとして、買いに行く暇がないと言っては一張羅みたいにいつも同じ服を着ているような子だったのに、これまたあっという間に着る物も増え、こざっぱりして彼女を連れていろんなイベントにお出かけしていく・・・。

母は「うちの○○、もうすっかりオタクからオソトになったんだもの・・・」(´▽`)と嬉しそうだった。

だがしかし、喜びも束の間、早くも結婚話が浮上!

デキちゃったとか、そういうわけじゃない、それくらいお互い意気投合しているということなんだろうけど・・・ひと月やそこらじゃ楽しいのは当然よ。楽しいところ真っ盛りよね。

だからといってここで簡単に結婚なんていうのは、一般的にまだ早いと思う・・・と家族みんなに『待った!!!』かけられ考え直す弟君。

私はまだそのかわいい彼女にお会いしたことはないけれど、弟よ、もっとゆっくり今を楽しみなさいな。

結婚したいと思うなら、妥当な数年後に目標を据えてさ、そこに向かって彼女と2人お金を貯めるなり、どんな結婚式にしたいかって考えたり、調べたり、2人で生活していくのにどのくらいのお金がかかるのかをシュミレーションしてみたり・・・そうして2人で考えていくのもまた楽しいと思うからさ・・・。

ま、何はともあれ、彼女の存在があんなだった弟を人間らしく戻してくれたことを思うとありがたいことで、今後も2人でいい影響を与え合って仲良くお付き合いしていってもらいたいなと思う姉でありました。

✿ฺ:*:・・:*:✿ฺ ・:*:・・:*:・✿ฺ ・:*:・ ・:*:・✿ฺ:*:・ ・:*:✿

妹曰く、母が最近ナスにはまっているとか・・・?

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「初めて作ったからまだ下手だけど・・・」って母がくれたナスの花寿司?ナスの花漬け?・・・名前は忘れたけど、美味しかったよ♪おかん(^-^)

そして今日の晩御飯はこれ、クックパッドレシピ★五つ星★自慢の牛肉まぜご飯★(byハニー1003さん)にしてみました。

なんか○○で検索のレシピNo.1とか言う肩書きがいっぱいついてるのに惹かれて作ってみたかった品。

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炊き込むのではなく、炊いたご飯にお肉や野菜の炒めた具を混ぜるもので簡単に出来ましたヽ(´▽`)/ 枝豆のグリーンがまた食欲をそそる♪

「今日はなに作ってんの?」と聞く旦那に「これさ、前からずっと食べてみたくて作りたかったやつなんだよね~♪つくれぽとかいっぱいあるし、いろんな人気ランキングに乗ってるレシピだからおいしそうでさ~♪」と答える私。

そして味見。

・・・あれ?

「どうや?うめ~か?」

「う~ん・・・まあまあ。」(⌒▽⌒;)

「なに、まあまあって(笑)。おめーいつも『これすごいレシピなんだよ!』とかって作るの、結構スカる事多いよな(笑)。今回もダメか?」

そして私に呆れながら食べ始めた旦那・・・。

「なんだ、うめ~じゃん!コレ。俺は全然OKだ」(´∀`)

そうして旦那はお代わり、いのも「こんにゃくちょうだい、こんにゃくは?」とご飯に隠れるこんにゃくを探しておいしそうに食べてくれた。

期待しすぎていたからはじめの感動が少なかったのかも!?・・・なんだかんだ言って私もお代わり(笑)!

出来たてのホカホカのとき食べたより冷めてから食べたときの方がおいしかった!味もしみて落ち着いて、甘みが増した感じで・・・(^-^)

早くも秋の気配の涼しい夕べ、食欲増進でございます(≧∇≦)b

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2007年8月 1日 (水)

ソフトメンバー再会

お盆の帰省を前に、県南に転勤(?)している友達が市内に来ているということで久しぶりに『秋田組』4人の再会。

1年4ヶ月ぶりかな?

ちょっと面白いマスターのいるお店で、この日のあの時間帯はたまたま私たちのほか誰もお客さんがいなくて貸しきり状態でゆっくり語らうことができました。

たった2時間だったけど、濃密にお互いの近況報告で盛り上がれた気がします。

私の近況報告は・・・

ズバリ!旦那の愚痴( ̄ー ̄;)

みんなに「きぃはいつでも○○(旦那の名前)、○○って言ってるイメージだったのにね・・・どうした○○?」って驚かれちゃった。

・・・シンプルなことなんだけどね。

何よりも家族を優先に思ってくれていたらいいなって思うのは、おかしいことだろうか?

妻や子供の存在が負ける相手が仕事とかならいざ知らず、ゲームなんかと言われた日には、私たちだって旦那を、パパを、優先に大事に思うことなんて出来ない。

パパがこっちを向いてくれないのなら、私たちもいい顔してそっちを向いてはいられなくなるって、ただそれだけのこと。

・・・本人に、悪気がないのが痛いとこよね。

まぁいいや。

親友たちに愚痴ってスッキリしたし♪

あぁ、私も『亭主元気で留守がいい』って本気で思うような女房の仲間入り( ̄ー ̄;)

新婚当時はいつも一緒にいられることがすごく幸せって思っていたのにね。

時は残酷。

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2007年1月18日 (木)

所詮、男は男?

今日も旦那は起きるなりパチンコ屋へ・・・。

昨日は産科に連れてってくれたけど、その前の日も夜勤明け直行でパチンコ屋へ・・・。

遊びに行って、半々くらいで『いい結果』ならいいんだけど、子供が生まれてからというもの、お金と体力と、そして大切な家族との時間を無駄にして、体中からヤニ臭プンプンさせて疲れて帰ってくるだけ・・・。

去年の春ころに行って以来か?ずっとパチ断ちしてきた(させてきた?)旦那。

間もなく出産だというのに、女って馬鹿ですね。

いや、単に私が馬鹿なのかもね・・・。

年末に妻の財布の紐は緩みました。

ボーナスも頂けたし・・・

年末調整でいつもより収入が多くなるし・・・

2人目が産まれたら今よりきっともっと忙しくなるだろうし・・・

一年間遊びに行きたいのを我慢してよく協力してくれたし・・・

ボーナス出てもいつもどおりのお小遣いだけなんてきっとつまらないよなぁ・・・?

仕事頑張る気がなくなっちゃうよなぁ・・・?

今年一年本当に頑張ってくれたしなぁ・・・。

・・・そんな思いで、余裕はないけどいつもの私からは考えられないようなお小遣いを旦那にポンと渡したのでした。

そんな思いの込められたお金だったけど、現実はキビシイ。

大喜びだった旦那の笑顔もお金も、その一日で消えてしまいました(´Д`;)

旦那も申し訳ないと思うんでしょう、誰も負けたくてパチンコ屋に行く人なんていませんから。

『もっとくれ!』なんて言えるはずもなく、ただ諦めモードの脱力で、いつもの優しいパパに戻ったのでした。

私もかつては一緒について遊んで歩いた身。一度遊びに行けたからといってそれで気が済むものではないってことがよくわかります。勝つから楽しい!!!それなのに・・・。

『1日遊んだっきりでおしまいなんて・・・。だったらヘタに行かない方がよかったよ・・・』

そう思うよね~?

『もっとくれ!』と言い出さなかった旦那が不憫で、できることなら一度でも楽しい思いをしてもらいたくて、馬鹿な妻はまたポンとお小遣いを渡してしまったのでした(^_^;)

✿ฺ:*:・・:*:✿ฺ ・:*:・・:*:・✿ฺ ・:*:・ ・:*:・✿ฺ:*:・ ・:*:✿

そのお金が増えたり減ったり・・・。

年末年始のここ最近で「今日パチ行っていい?」って旦那の台詞が昔のように頻繁に飛び出すようになってしまいました(>ε<)

酷なことなのかもしれないけど、お正月休みにリフレッシュしたら、また気持ちを引き締めて今年一年いろんな意味で協力してもらいたいな~って思っての最初の『投資』だったのですが・・・。

一度行きだしたらやめがたいパチンコ屋さん。

『負けたら悔しくてまた行きたい』

『勝ったら面白くてまた行きたい』

なかなか歯止めがききません。

年末年始の休暇に加え、前回の休日3.5日そして今回の休日2日、ほぼ1ヶ月、休みはまるまる好きに楽しめたのではないですか?

前回の3.5日の休み、旦那のあまりの堕落加減に頭にきて書いた記事はUPせずに下書きのまま保存・・・。

でも、家族の為にも、私のためにも、そろそろ言葉にして言わなきゃいけなさそうなので・・・。

ごめんね、久々愚痴記事UPしちゃうよ・・・。

『頼まれごとさえやってやったら、あとはすきにしてもいいでしょ?』

ってかんじの最近のパパ。

もう少しで産まれるって時期なので、いよいよ立ち座りすら時間がかかるようになってきてるので、あと少しの休みの日ぐらい用がなくとも家にいて欲しいのです。なにかあったらすぐに助けてほしいのです。

そんな気持ちって、男の人にはやっぱりわからないものなんでしょうか?

上の子を産むときには、臨月の妻を置いて、休みになれば身軽に一人遊びに出て行く旦那の気が知れなくて切なくて、家で一人泣いていたものでした。

今は、育児にイライラすることが多いながらも、上の子がいて振り回されている分、前のようにそんな悲しい気持ちに浸る暇がなくて救われているのかも知れません。

やってほしい事ばかり、お願いばかり・・・。家族って重い存在かもしれませんが、私達にとってあなたの存在はそれだけ大きいってコトを分かってもらえたらなぁ・・・。

今日、もうあきれて諦めて「行けばいいじゃん」って見送った懲りない旦那のパチンコ。

残酷な結果に、本人も諦めがついたって言ってはいたけど、本当にパチンコはもうしばらくまたやめてくださいね。

これから、里帰りに、出産にといっぱいお金がかかってしまうから、またギュギュッと財布の紐は締めなおさせていただきます!

そうして協力してもらって、

またパパの誕生日になったら・・・

『恒例の夫婦でパチンコ』行けるようにね♪

それまでまた我慢、我慢ヨロシクです!

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2006年12月17日 (日)

ちゃんとパパ

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昨日の日中行った時のセリオンリスタ内。

                              

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そして今日、リベンジでまた行ってみたセリオンリスタ、夜バージョン♪

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なかなか素敵でした(≧∇≦)b

今日お休みだったお義母さんも出掛けに会ったので一緒に見に行きました。

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デジカメのナイトショットモードがいまだに使いこなせない私(。´Д⊂)

                                 

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それにしても、昨日の今日でまた連れてきてもらえるとは・・・。クリスマスまでにまたつれてってもらえたら・・・くらいに考えてたのに(*^。^*)

お昼寝していたらパパが「セリオン行かないの?」って起こしに来たからビックリ∑(゚∇゚☆)

「まさかこんなにまめなパパになるとはねぇ~。ちゃんと父親になれるかってことを心配していたのがウソみたいだね(笑)」 ってお義母さんと笑って話しつつも、本当に信じられないくらい良きパパで、私は日に日に感謝が募ってます☆彡

娘がパパとたわむれてはしゃぐ心からの笑い声、お休みの日にはパパにべったりな娘の姿・・・。

心が温まります(^-^)

私の一番の自慢です。

でも「パパとジョーとどっちスキなの?」って聞けば即答で「ジョー♡」ですけどね(笑)。

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2006年10月28日 (土)

結婚記念日♡6th♡

今日は私達の結婚記念日でした。

6年前の今日、午後3時から私達は夫婦になって一緒の人生を歩み始め、気がつけばもう6年も経ったんだね・・・。

あっという間だったね・・・(^-^)oo(^-^)

新婚当時、夫婦2人きりの時もとても楽しかったけど、結婚3年目に旦那の実家の隣にお家を建て、4年目に娘が生まれ、今6年目・・・。またもう一人子供を授かり、時が経つにつれてどんどん家族としての絆が強まってきたように感じるよ。

今日は旦那が仕事に行ってから、実家に妹とおばあちゃんが来てるからってことで遊びに行ってきた。夜になって、泊まって行ったら?って母に言われたけど、やっぱり我が家が一番でうちに帰りたいと思い帰って来る・・・そんな家庭に入れたことをとても幸せに思います。

結婚してからもしばらくは自分のことばかり優先だった子供じみた旦那に腹がたち『結婚は一番好きな人じゃなく、2番目くらいに好きな人で自分を一番好きで大事にしてくれる人としたほうがいい』なんて格言(?)が頭をよぎって『私、一番好きな人と結婚しちゃって、失敗だったかな~?』なんて後悔しかけた時もあった。

でも今はやっぱり『結婚は一番好きな人とするべきだな、間違ってなかったな』って思える。

結婚してから6年の時が経ち、子供もできたらさすがに人間変わるもので、あんなに子供っぽかった旦那も家庭中心に考えられる頭に切り替わってきているのが分かる。

恋人として付き合っている頃からずっと『オレ、いい父親になれるだろうか・・・』ってひそかな不安を抱いていた旦那。

ほら、こんなにいいパパで、いい旦那様になってきてるよ(^-^)

気負わず自然に、これからもあなたらしいあなたで我が家の中心にしっかりと構えていて下さい。

7年目突入、明日からまたずっと一緒に・・・。

よろしくお願いします(*゚‐゚)

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2006年10月25日 (水)

26週妊婦検診

今のところ異常なく、すくすくと成長中の赤ちゃんをエコーで見て一安心。感触どうり今日はさかごだと言われた。

長女の妊娠中は検診のたびいつも『大きいですよ』『ほんとに大きい子ですよ!』と言われていて、いったい最終的に産む頃にはどんだけ大きくなってくれるのか、どんだけ苦しい出産になるのかと不安が付きまとっていたけれど、今回の子は至って標準サイズ(*^m^*)

『まったく標準中の標準サイズですね』って言われてる。ちょっと前まではさかごの影響で頭の大きさが1週分くらい遅れたサイズだったけど、今回は標準になっていた。

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昨日はとても寒かったけど、今日はまたぽかぽか陽気でストーブもコタツも必要なし(≧∇≦)b

町の街路樹のケヤキが紅葉でとてもきれいだった♪同じ並木でも、黄色だったり赤だったり、まだ緑っぽかったり、そのグラデーションがなんともいえないよね。

病院の帰りに久しぶりの駅前に向かい、夕飯の支度をサボるためにデパ地下でお惣菜や果物などを買い、疲れて歩きたくなくなったダラダラな娘と格闘しながらパパと二人急いで車に戻った。

そういえば、車は公営駐車場に停めたんだけど、駐車場から出て買い物に向かう時、すぐ隣の『茜屋珈琲』から癒される珈琲のいい香り(*゚ロ゚)ハッ!!

「茜屋珈琲、まだちゃんとあるんだな・・・」

旦那が言ったので、「え?茜屋行ったことあったの?」って聞くと「おめー!2人で一緒に行ったねか!?」って。

そうだった!!!ヾ(´▽`;)ゝ

高校生の頃、一度っきりだけど2人で入ってコーヒーとケーキを食べたことがあったんだ(⌒▽⌒;)

旦那に言われて思い出すなんて!こんなことは珍しいのだ!

二人の思い出とか、今までの出来事とか、旦那がすっかり忘れてることはあっても、私が忘れてることなんてほとんど無かったのに、どうしたわけか、このとき私は一瞬すっかり忘れていたんだね。

今はどうかわからないけど、高校生の頃に旦那と一緒に行った当時はこの喫茶店、お店の人がお客さんに似合うカップに珈琲を淹れて出してくれる面白いお店だったので、自分達にはどんなカップが出されるのかとワクワクしながら行ってみたのだった。

一人はやたらとちっちゃなカップ(もしかして何も分からずエスプレッソとか頼んでいたのかな?そこまでの記憶はないんだけれど・・・)もう一人はたしか白い無地のシンプルなカップだったような記憶があるよね?・・・って二人で思い出しながら、当時出されたカップになんだかお互いがっかりした記憶だけはしっかり残っていて笑っちゃった(*^m^*)

今私達がまた2人で行ったら、今度はどんなカップに珈琲を淹れてくれるんだろう・・・?とても行ってみたかったけど、娘を連れて行けるような雰囲気じゃないんだよね、暴れまわりそうで怖いし・・・。今はファミレスが精一杯、あんな静かでこじんまりして素敵なお店へは当分行けそうもない、育児真っ只中の私達なのでした。

✿ฺ:*:・・:*:✿ฺ ・:*:・・:*:・✿ฺ ・:*:・ ・:*:・✿ฺ:*:・ ・:*:✿

キクちゃんの好きなイチジク、ここらの庭でなるようなのとはちょっと違うような濃く色付きとても太ったイチジク、売っていたのを見つけてお土産にした。

帰宅後、お寿司だけでは今の季節ちょっとさみしいので温まるようなおでんを作る、それだけの手間しかかけられなくてごめん、キクちゃん。

お寿司とお惣菜とおでん、それに前に懸賞で当たって食べずにいた冷凍レアチーズケーキで簡単なお祝い。でも、久しぶりに一人じゃない食卓で楽しかったのかな?「今日はおもしろい・・・」って、とても喜んでくれた・・・。

食事が終わって隣の家から帰ってくるとき、キクちゃんが頑張って娘をおんぶして連れてきてくれた。

家に着いた娘が「こっちー!ど~じょ~!(こっちに来て!どうぞ!)」ってキクちゃんを誘うので、少し家にあがって行った。

居間に飾ってあった娘の赤ちゃんの頃の写真達を見て、成長したな~って懐かしそうに見て・・・。

・・・そして、100日祝い(実際は100日をずいぶんすぎてから撮ったものだけど;)のときの写真を見ながら「七五三、お参りして写真できたら見せてけれな・・・」ってぽつりと言った。

うぅ・・・切ない(。´Д⊂)

100日のお祝いのときもキクちゃんたち喧嘩中でお参りに行く時、一人置いてったんだよね、そういえば。旦那が「一緒に行くか?」ってキクちゃんに聞いたけど「遠いから私は行かないよ」って断られたから置いてった。でもあとから、本当はもっと何度も誘ってくれたら一緒に行きたかったんだって言われちゃってね・・・。そんなに裏の気持ちまで考えているゆとりがなくて、私達はみんな『行きたきゃ行きたいって素直に言ってくれたらいいのに』って苦い思いをしたのだった。

しかしほんとにどうしてこう、大事なイベントの頃に喧嘩が長引いちゃうんだろう、この2人は。

『写真できたら見せてけれな・・・』

・・・それってもう、お義母さんと仲直りして一緒に神社に出かけること、あきらめちゃったってことでしょ?

私はただ「うん、見せるからね・・・」って言うしかできなかったよ。

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2006年9月25日 (月)

映画イルマーレ

だいぶ前に懸賞で当たった映画鑑賞券の有効期限が今月末と迫り、急きょ実家に娘を預けて今日夕方から映画を見に行くことになった。

着付け教室から帰った母を待ち構えてバトンタッチで娘をお願いし、旦那と2人で3年ぶりくらいの映画鑑賞。以前は娘を預けて出かけるときは時間に余裕を持って預けに行き、じいじやばあちゃんに慣れた頃にそっと出かける・・・ってパターンだったけれど、この頃すっかり面識ができちゃって、今日は時間に余裕がない別れ際が心配だった私達の気持ちとは裏腹に、娘に笑顔で「バイバ~イ♪」って追い出されちゃったよ(⌒▽⌒;)

淋しいことに、もう玄関出ての見送りすらなし(^_^;)

大きくなったんだね・・・。

『何を見たいか』ではなく『娘を預かってもらえるこの時間に何が見られるか』という時間的な選択で見ることになったイルマーレという映画。どんな映画なのかという予備知識も何もなくとりあえず見てみようって入ったシアターは小さめのところで・・・。

『もしや失敗!?』

なんて不安もよぎったものの、1時間半見終わったあとはとても満足。私達夫婦好みのストーリーでとても楽しめました。過去や未来の時間設定が複雑に入り組んでいて面白いんだけど、常に『今って何年!?』って頭を使って見ていたかんじヾ(´▽`;)ゝ

頭の体操にもなったし、ラブロマンスのやるせなさもすごく良かった。母として、父として感じるさりげない台詞やシーンもいっぱいあった。もし自分達に子供がいなかったならきっと素通りしてしまっただろうなって場面も、親になっている今だからきっとこんなに深く感じることができたんだろうなってこともたくさんあった。

素敵な映画を見たあとのすがすがしい気分・・・。チビから解放されて個人になって楽しんだ1時間半、心がとってもリフレッシュされたって実感!最高でした☆彡

映画が終わってすぐに娘が気になって実家に電話してみたらおりこうさんで留守番できてる。

電話に出て「ママー!ばっちゃ。しゅっぽっぽ!バイバーイ。(いのちゃん?ばっちゃに電話かしてね?)いやっ!んっ!まま?うふぅ~(笑)・・・」なんてお喋りする娘がとても愛おしく感じた。

いいな、たまにこうして離れると娘が新鮮に感じられて(笑)。

娘を迎えに行ったら結局晩ごはんまで実家にご馳走になっちゃって、母にはまたとても忙しい思いをさせてしまった。孫の相手と娘夫婦や父の晩ごはんの世話と大忙しのさなか、県外の妹から電話がかかってきて話し込んだらなんか変な音と臭いが・・・パチ、パチパチッ!

台所を覗くと魚焼きグリルと排気口からチョロチョロと火と煙が上がりはじめてる!?慌てて電話を私に渡して走って火を消しにいく母(((( ;゚Д゚)))

何とか火は消し、大事にはならなかったけど、せっかく焼いていたのを忘れ去られた身欠きにしんは、立派な炭へと変貌を遂げていました(^_^;)

ゴメンね、お母さん。でもおかげで私は元気ハツラツ!っていうか、食べ過ぎて苦しくて夜も眠られないほどだったよ(´Д`;)

妊婦は腹六分目位にしとかないと、痛い目に逢いますヾ(´▽`;)ゝ

体重も一気にドーーーン!!!

やばいil||li _| ̄|● il||li

明日からダイエットだわ。

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2006年7月24日 (月)

管理人の輪を作ろうバトン

バトンは苦手なのですが・・・。

『管理人の輪をつくろうバトン』

というものをougizakari父さんから預かりましたので夫婦代表で今回は私がバトンを受け取ってやってみることにします(^_^;)

★バトンのルール

廻してくれた人から貰った質問に答えること・・・。

●Q1:あなたは昔は何系でしたか?(ヤマンバ、ヤンキー、オタクなど)

普通の女の子。

●Q2:あなたは昔何か習いごとをしてましたか?

幼稚園の頃、ヤマハピアノ教室

→自分が演奏する係りのとき、周りでお友達が歌いだすと心地よくなり睡魔に襲われ眠ってしまう。鍵盤が2段になっているエレクトーンの下の段は手で、上の段を『舟を漕いで』頭で弾いてしまう癖があり、よく先生に起こされ、お友達に笑われた。幼心に自分はピアノなど向いていないと悟り、母に頼んでやめさせてもらう。

小学校の頃、珠算(そろばん)

初恋の男の子が通っていたので、母に頼んで習わせてもらったら、充分に修得した彼は翌月くらいで珠算教室をやめてしまい、下心で通い始めた私には何の意味もない習い事になってしまった。ある程度修得し、折を見て母に頼んでやめさせてもらう。

→他にも、アスレチックスイミングスクールとかにも行ってたような・・・?

OLの頃、カルチャースクールのストリートダンス教室

→友達と2人で興味本位で見学に行ったら面白そうだったので週一で半年くらい通った。冬になり、金曜の仕事あがりからナイターでスノーボードを滑りに行くことが増えて教室に通えなくなったのでやめてそれっきり。

ちょっとしか習わなかったけど、これは楽しかった!いろんなステップができるようになったときの面白さ、いい汗を流す爽快感・・・。ただ、こういうリズム感とか振りのセンスとかが必要なダンスなんてのは、3歳くらいとか、本当に小さい頃からやってないとなかなか身につかないんじゃないかって気がした。教室の若い子達がいっぺんで覚えちゃうステップなどがなかなか飲み込めず『先生の動きを見たままに自分が動けない』もどかしさ、ミラーに映るへっぴり腰や怪しい動きになっちゃってる自分の哀れな姿・・・。まぁ、いい思い出になったけど(笑)!

●Q3:今と昔、一番変わったなーと思うことは?

家族を大事に思うようになった。

昔は恋や友達との付き合いが一番大事で、家族行事(お盆・正月・誕生日など)は二の次三の次だった。今は家族そろってわいわいやってる時をとても楽しく思うようになった。

●Q4:今と昔、変わらないなーと思うことは?

今も昔も寝てる時が一番幸せ。何もする事がないなら一日中寝ていたい。

●Q5:昔からのトラウマはありますか?

車の免許を取りたての頃、母の新車の軽で練習させてもらっている時、信号待ちの交差点の一番先頭になり、発車しようと思ったらボンネットから煙が上がって全ての警告マーク(エラーマーク?)が点灯し、パニクってしまった。後ろの車にクラクションは鳴らされるわ、頭が真っ白になり運転できなくなるわ、母と運転を交換してもらいなんとかすぐ脇のタクシー会社に車を寄せて見てもらったが原因わからず・・・。どうにかしてうちまで帰り、数日後の半年点検で『踏みすぎによるクラッチ盤(板?)の磨耗→焼けて壊れていたらしい』という事で、わずか半年だってのに私の運転によって車を傷めちゃったんだって(たしかお金も結構かかったような・・・)母はご機嫌斜めだった。

今の旦那の車も、買って1ヶ月足らずでかなり深くこすってしまい修理代は値切って4万8千円。(頼まなかったけど、ディーラーでは7万3千円とか言われた)。旦那が夜勤で帰宅して眠っている間に、そして娘が昼寝してくれた隙にパッと行って帰ってこようと、98円のカレーの特売があった遠いスーパーに夕飯の買い物に珍しく車を借りていったときの惨事。今までで一番高くついたカレーになりました(。´Д⊂)

1台前の旦那のRV車では、ここに引っ越して間もない頃、近くのスーパーに買い物に行ってみようと思い立ち、いつも自分が徒歩やチャリで通る道を入っていったときのこと。道がどんどん狭くなり、前進ですら下手なのに、そんな細い道をバックで戻るなどとうていできるはずもなく、前進あるのみ。もちろん・・・ミラーをガリッとやってしまいました。ミラーのたたみ方も分からず、一人であたふたと助手席側にも身を乗り出してミラーを手動で折りたたみ、奇跡的にミラーを軽くこすっただけでその道を通過できたのは今でも信じられません。

帰宅して旦那に報告したら「毎日運転してる俺たちですら通れない道だよ!あの道は軽でもよっぽど通りなれた上手い人でなきゃ通れないって!」って呆れられた。旦那の義弟も私のこの武勇伝を聞き「でぇ~!!!?」ってそりゃあもう驚いて「なんであんなところ通ろうなんて思ったの?」って聞かれてしまった。

通ろうと思ったんじゃなく『車じゃとうてい通れない』ってことに気づかなかっただけ(´Д`;)いつも歩きやチャリだから、何度も通っていても車じゃ無理な細い路地だとか、一方通行なんだとか全然認識できてないのです。

というわけで、トラウマは『車を運転すると車を壊す』

・・・私はピアノだけじゃなく車の運転も向いていないと思う。

●Q6:昔なりたかったものは何ですか?

歌手、女優、ケーキ屋さん

●Q7:あなたの昔の失態を教えてください。

OLの頃、年上(当時30歳前後)のバスケットボールのクラブチームの方々とのコンパの時のこと。(この頃は、彼=今の旦那と別れ中)。たまたま隣に座っていた、俳優の吹越満(ふきこしみつる)さん似のキャップをかぶった男の人とお喋りをしていて「○○さんって帽子をとったらどんな感じなんですか?」って帽子のツバを指でつんとやってとってしまった。

「あ~、俺ダメなんだ~・・・」ってキャップを押さえようとした彼の言葉もむなしく、勢いで一瞬にして落ちてしまった帽子の中は薄かった。

動揺して慌てて彼に帽子をかぶせた私のフォローの言葉がダメ押しだった。

「わぁぁ!すいません!帽子かぶってた方がいいですね!?」

おぉーいっ!なんてこと言ってんだ、私っ!

でもいい人で「一応初対面の時はビックリされると困るから帽子かぶることが多いけど、次はそのまんまだよ(笑)」って私をフォローしてくれました。たしかに、バスケを見に行けば帽子などかぶらずそのまんまでいらっしゃいました。

●Q8:今と昔の異性の好みを教えてください

今→10年くらい前の彼=旦那

昔→木梨憲武さん・鹿賀丈史さん・江口洋介さん・柳葉敏郎さん・織田裕二さんなど・・・。

タレントさんなどにどっぷりハマるタイプではないので『こんな感じの人、なんとなくイイなぁ~』っていう程度の『好み』だけど・・・。

●Q9:できるなら、あなたの昔の写真をはりつけてください

しょしくて(秋田弁=恥ずかしくて)できませんです。  

●Q10:過去を知りたい10人に回してください。

バトンほしい人いませんか~?

はいはいどうぞ~!?

FREE TAKEでおねがいしますね!

・・・ってな感じでよかったのかな?ougizakari父さん、バトンUP遅くなっちゃってごめんなさいね!

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2006年5月 8日 (月)

⑮13年前の5月8日

GW明けの土曜日だった。

土曜日の選択授業を選んでしまった私は「この授業取るんじゃなかった~、土曜日はほとんどみんな休んでるのに~」なんて友達とぶーぶー言いながら自転車で寮に帰る途中だった。

後ろから走ってきた車がスッと横に一時停止し、運転してる男の人が助手席側に身を乗り出して窓をコツコツってノックした。

『誰?学校の先輩?』

私達が認識する間もなくすぐに車は動き出し、ちょっと前方まで走って行って今度はハザードをつけて車が停まった。男の人が車から降りて待っていた。

「あんた、なにしてんの!!!?」

私の口から思わず飛び出した言葉がコレ。

だって、別れた彼がそこにいた。

どうしてここにいるんだろう?

どうしてここが分かったんだろう?

何しに来たんだろう?

✿ฺ:*:・・:*:✿ฺ ・:*:・・:*:・✿ฺ ・:*:・ ・:*:・✿ฺ:*:・ ・:*:✿

私が悔し紛れの強がりで出した手紙、その消印だけを頼りにもう一度やり直そうと、宛てもなく探しに来た彼。学校らしきものを見つけて、その周辺を走っていたら偶然通りかかった私。

俗に言う『運命』を感じちゃいましたよ。

でも、彼は『遠距離は無理』といった男、別れた男です。

そう易々と信用するわけには行きません。

道が分かってて来たなら100kmとちょっとの道のりを、行き先も分からずに彼が探して迷って走った距離は300km以上。

それを聞いて心が揺らぐものの、突然来られたって私はそのあとバイトもあるし、相手にできず・・・。

スイミングのインストラクター(園児相手)とビジネスホテルの調理場の皿洗いや仕込み補助モスバーガーの店員と、その頃バイト3つ掛け持ちしていた私のその日のバイトは運よく(?)モスだけ。普段は一日に3つのバイトがあることもざらで、プール入って、濡れた髪も乾かぬ状態で調理場裏方で皿洗って、髪が乾いた頃モスで「いらっしゃいませ!」やってたからね。

私がバイトの間、お店の駐車場に車を停めて待っているうちに眠ってしまった彼。モスの他の店員が駐車場に不審者がいるって言うんで見てみると彼!店長が声をかけに行こうとしたところを引き止める。「スイマセン!私の友達なんです!」(^_^;)

バイトが終わってから、一旦寮に戻って自転車を置き、彼の車でちょっとそこらを走りながら話をすることに。まだ車に乗るようになって間もないから運転がへたくそ!ブレーキ踏めば、がっくん、発進すればがっくんって感じの運転がおかしくて、かたくなな私の気持ちが少し和らぐ。

海辺に行って缶ジュースを飲みながら話した。

やっぱりもう一度やり直さないかって彼が言ってくれたり、遠距離は無理って初めから諦めてるような人とは、好きでもやってく自信がないって私が断ってみたり、堂々巡りの話・・・。

好きで好きで、会いたくて仕方がなったのに、いざ再び会えてやり直そうと言われれば怖じ気づく。やるせない思いに苦しくなる。

そうして日が暮れてしまい、二人とも困り果て、私達は走らせる車の中でこういうことにした。

『どっちがずっと好きでいられるか競争しようか?』

またダメになっちゃうんじゃないかって不安も大きかったけど、そんな気持ちでもう一度やり直してみようということに決めた。

それが13年前の今日の出来事。

この日このことがなかったら、今の私達はなかっただろうなってくらいの大きな出来事。

普段はめったに思い切った行動を起こすことのない彼の、あの日の勇気と忍耐と行動力に拍手!

その後もいろいろあったし、懲りずにまた別れたりもしたけれど、今こうしてまた一緒にいられることに感謝。

高校の卒業文集の10年後の私って欄に『あったか家族の母兼妻♡』って書いてた夢が叶ったことに感謝。(文字数が決まってて一文字余って♡を付け足したけど、文集ができてから見て『良妻賢母』って書けばビシッと決まってたのにな~って、そのとき熟語が思い浮かばなかった自分を悔やんだものだ)

正確には、高校卒業して10年後にはまだ娘はいなかったけど、今こうして可愛い子供にも恵まれ、あのときの彼と結婚し、望みどおりに家庭を築くことができた幸せ。

あなたは文集になんて書いてたか、覚えてますか・・・?

あのときの思いを忘れずに、これからも頑張っていこうね(*゚‐゚)旦那様。

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⑭13年前の別れ話

ちょっと同棲話からそれて、昔話を・・・。

私達が付き合い始めたのは高校1年生の春か夏。4月のお花見の頃に出逢い、その後数ヶ月のうちに付き合ったはず。いつから付き合ったのか?そこら辺の記憶は定かではないけど、お花見に行こうって友達が誘いに来てくれたときに一緒にいた初対面の男の子に後に恋をしたのだった。

3人で誘いに来てくれたうちの2人は中学校のときの同級生。そして彼は同じ中学校にいたのは知っていたけど、クラスが11クラスと多い時代で、そんな中、3年間一緒になった事が無かったからお互い『見たことはある』程度にしか知らなかった。

第一印象はハッキリと覚えている。

『私、この人は絶対好きにならないな。ていうか、きっと友達にもならないよ!』

そう、印象悪っ!!!だった。

愛想が悪くてぶっきらぼうで、なんか引っかかる発言をする。他の2人は優しくて、要するにちやほやしてくれるタイプだったけど、彼はそういうところが全く無い。そんな3人が一緒にいたから、そのときの私の目には彼だけなんだか意地悪な感じに映ったのだった。

『絶対好きにならない』って思った人を、気が付けばいつの間にか好きになっていて、そこから切ない私の大恋愛が始まる。

高1春か夏に付き合い始める。

高1冬に別れ(早っ!)。

高1バレンタインに復活(何やってんの?)。

~それから卒業間際まで「あんた達、ホントに付き合ってんの?」と友達に疑われるほどの反ラブラブな、見た目完璧冷めてるような付き合い(1ヶ月に1度か2度会うくらい、例えばお祭りに一緒に行って人混みにはぐれそうになったとき、彼がほんの数秒つないでくれた手、それだけでドキドキしていた、そんな純愛でしたから(笑))を続ける~

卒業を控え、お互いの進路が決まる頃、再び別れる。

そのいきさつは・・・

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彼は卒業後の就職がすでに内定していた。

私は県内と県外の二つの短大を受験していて、県内の短大からは合格通知が届いていた。

その当時はまだ携帯電話など無く、彼に電話をかけるには自宅の電話か公衆電話を使っていた。自宅の電話からかけると「いつまで喋ってるんだ」とか「早く切れ」とか親がうるさいので、ゆっくり話したいときはたいてい公衆電話からかけていた。

県外の短大の合格発表待ちの時点のある日のこと、まさか別れることになるとは思いもよらず、公衆電話から大好きな彼に電話をかけた私。

「もしね、両方合格したら私、県外の短大に行こうと思うんだ」

「え~・・・何で?俺は遠距離、無理。こっちの学校行くんだったらこのまま付き合ってられるけど、県外の方に決めたらバイバイかな?」

「えぇっ!?なんで?」

「だって俺たち友達みたいな付き合いだったでしょ?・・・この話は今話したってしょうがない、どっちに行くか進路決まったらまた話そう?こっちにいるんならこのままだし、むこう行くならその時は別れるってことで、また話そう?」

『!!!?なんじゃ、そりゃ!?』

「・・・遠距離になったらダメとか、友達みたいな付き合いだったからとかさ・・・。そんな程度の気持ちなら、そんなこと思ってるんだったら、進路決まるまで待つ必要ないじゃん!もう今別れようよ!!!」

・・・そうして、自分でも思いもよらず勢いで、突然別れることにしちゃったのでした(´Д`;)

私にしてみれば、恋愛に距離なんて関係なかった。距離の遠近がが左右する付き合いなんて想像もしていなかった。まさかそんなことを言われるなんて思ってもいなかった。

彼にしてみたら『何で俺がいるのにわざわざ遠くに離れていくんだ?訳が分からん!』って、今思えば、きっとそういう思いだったのかな?

そして、私は合格発表を待つまでも無く、迷うことなく県外の短大へ行く!意地でも行く!いや、意地で行く!!!って心に誓ったのでした。彼を見返すべく・・・(合格してて良かったね~(^_^;))

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別れたんだから伝える必要もなかったんだけど、連絡先も、進学した短大名も何も伝えずに、本当にもう、その電話を最後に私は彼の前から消えた。

短大が管理する寮に入ってはじめての一人暮らし。(一人暮らしといっても、昔どっかの会社の社宅だったものを学校が買い上げて寮にしたところだったので、2DKの1戸に2人づつ学生が入るから、実際は一人じゃなかったけど)

彼の前から私は消えても、私の中の彼はなかなか消えてくれなかった。思い出しては、泣いてた(。´Д⊂) BGMはホイットニーのRun to you。repeat repeat repeatで(笑)

GWになっても、彼のいる町へ戻るのが辛かったから、帰省せずに寮に残った。誰か友達と遊んで過ごそうと思っていたら、早くもホームシックの仲間達、みんなお里に帰って行って、知ってる人は誰もいない。寮に残っているのは2年生が数人のようだった。友達がいたら淋しさを紛らわせると思っていたのに、連休中、バイトが終わって部屋に戻れば一人・・・。

魔が差した、というか思わずという感じで彼の家に電話をかけてしまった私。もし電話に彼が出たら、声だけ聞けたら・・・。ドキドキしながら寮の下の公衆電話から電話をかけた。

トゥルルルル、トゥルルルル・・・・・

「はい、もしもし?」

おばあちゃんが出た↓↓↓。

ホッとしたような、がっかりしたような・・・。

名乗らなければ分からないだろうと思っていたのに、おばあちゃん、しっかり私の声を覚えててくれた。「あら、あんた元気だか~?」なんてしっかりバレちゃって、少し話をしてしまった。彼はちょうどタバコを買いに行っていて(いいのか未成年!ま、時効ってことで)いなかった。

掛け直しさせると言われたけど、寮の部屋にまだ電話をつけていなかったので、こちらからしか掛けられないし、第一、別れた彼に淋しいあまりうっかりかけちゃった電話なんだから、取り次いでもらわなくたって良かったのだ。

なんとか電話を切って、部屋に戻る。

なんで電話なんかしたんだろう!あ~、私ってば何やってんだろう!ってあふれる後悔と恥ずかしさ。そして、言い訳がましく手紙を書いて送ってやった。

~私はこちらで楽しく元気にやっています、あなたも元気で~

そんな感じの内容で、住所は書かずに名前だけ書いてポストへ入れた。

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2006年5月 2日 (火)

⑬初顔合わせ!?

私達の心配をよそに、初めて会ったお互いの親同士はなかなかいい感じに馴染んでくれた。

初対面だとやはり仕事の話とか、家族の話になった。

彼のお母さんはホームヘルパーの仕事をしていて、仕事柄の特殊な注意事項などを話して聞かせてくれて、うちの母はそれを聞き、もう感心しまくりの様子だった。

例えば、目の見えない対象者のお宅へ仕事で入り、買い物を頼まれて帰ったときなどのこと。外出中に飴やガムなどを口にして戻ったりすると思わぬ疑いをかけられる。

「おいしい物、いっぱい買って食べてきたんでしょ?」

『?』

最初は何のことを言われているのか、彼のお母さんも意味が分からなかったという。

渡されたお金で、頼まれたものを買ってきたといっても、目が見えないからレシートで金額を確認したりできない。おつりは手に触れさせて確認しあうけど、あくまでも、ヘルパーが報告する値段で買ってきたと信じるしかない。だから、ヘルパーが帰ってきたときに飴やガムなどの(普通は感じられないようなかすかな)臭いをふっと感じただけで、実は安売りで浮いたお金があった分をちょろまかして、何かおいしいものを口にしてきたんじゃないのかと疑うというのだ!・・・もちろん、目の見えない対象者の全員がそんなことを疑うというわけではなく、個人差はあるのだけれど・・・。

また、例えばおすそ分けしようと、山菜などを採ってきた話をするのも相手を選ばなければならない。若くて元気な頃に、同じく山菜採りが好きだった人にそんな話をしたら、今は体が不自由になって行けなくなってるから「アンタは健康で、山に行けるからいいわよね」ってねたまれて、対応が悪くなったりすることもあるという。

いい年の一人暮らしのおじいちゃんのところへ仕事があったときは、吹けば飛ぶような薄っぺらになったその体で、ヘルパーによろよろと後ろからしがみつき、一生懸命腰を押し付けてくるような色ボケした人も相手にしなきゃいけなかったり・・・(´Д`;)

その他いろいろ、ちょっと想像もつかないような注意事項があったりして、みんな驚きながら聞いていた。

よその家庭に入り込むような仕事だから、学ばせられることもある反面、思いも寄らぬハプニングがあったりもするって、ちょっとした苦労話。箱入り(?)で育ったうちの母からすると衝撃的な仕事内容で、そんな大変な仕事をしている彼のお母さんに、会う前までの悪い先入観が一気に尊敬の思いへと傾いたようだった。

あらかたお互いの自己紹介も終わり、私達が同棲するっていう『本題』に入った。

私達はただ、親に公認で同棲するっていう軽い気持ちだったのに・・・。

彼のお母さんが言った。

「一緒に住むとなると、デキるものもデキてしまうかもしれないし・・・もしそうなったとしても、はた目に目立たない時期・・・ええ、10月までには私の責任で結婚させますから!」

(((( ;゚Д゚)))エエエッ!!!

(((( ;゚Д゚)))エエエッ!!!

本人達、その気なしにつき、突然の『結婚させます宣言』に驚きまくり! 

今は6月、あと4ヶ月じゃないですか!?

いやそんな、でもそんな・・・とやってるうちに、彼のお母さんにきっちり仕切られて、私達は本人同士の決意皆無で4ヵ月後に結婚することになってしまった。

それで今に至るって、良かったのだろうか、コレで・・・(^_^;)

その日は両家の顔合わせが、まるで結納の日なのか?ってくらい盛り上がって、夜遅くなってしまった。

引越しは済んでたけど、この日はお互い自分の『実家に泊まる』ことにして、お開きとなった。

自分のものがすっかりなくなってしまった空っぽの部屋に布団を敷いて寝た。明日、彼が起きたら私を迎えに来る。

そして同棲生活、スタートだ!

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2006年4月13日 (木)

⑫ウレシハズカシお引越し♪

引越しの日はいい天気だった。

アパートは一棟4戸の物件で、そのうちの2階の部屋を借りることにしていた。6畳和・6畳洋、8畳DKの2DK

OL時代に一人暮らしをしたとき、1階に住んでいて不安なこともあったので、今回は2階の部屋を希望した。自分達の部屋以外には3部屋しかないから、アパートに無関係のおかしな人が出入りすると目立つので、不審者の出入りの心配もほとんどないと思われた。徒歩1分の場所にスーパーがあり、車のない私にはもってこいの条件で、彼にとっても職場に近いところだったので好都合だった。

ただ、春にアパート選びをし、入居して、ひとつ失敗したな~って思ったことは、冬になると除雪の雪で道幅が狭くなり、車の出入りが難儀になったってこと・・・。雪の降る土地ならではの季節的悪条件、そこまで頭が回らなかったのだ。

引越しは、案外簡単に進んだ。彼のRV車と、彼のお母さんの友達が貸してくれた軽トラの2台で何度か往復して荷物を運び、朝10時頃から始めて夕方6時頃にはだいたい片がついた。軽トラは彼の弟君が運転してくれて、もちろん引越し作業も手伝ってくれて(兄に強制的に手伝わされて)、大助かりだった。

ただ、この兄弟、困ったことに兄腰痛、弟君ひじ脱臼・・・そう、二人ともボードで体を痛めて間もなくて、重いものを運ぶときは「痛い!無理だ!ダメだ!!!」で一苦労だった。

当時駅前に出店していた、京都祇園ボローニャのデニッシュ食パンを1斤買って、引越しの朝に作って持っていったサンドイッチ。前の晩に用意しておいた自作の照り焼きチキンをはさんだり、卵サンドにしたり、トマトやレタスやハムをはさんだり・・・。まだガスや水道が使えない引越し中のお昼ご飯はそれを食べた。パンはほとんど食べないという弟君も、おいしいおいしいと食べてくれた。きっとそれはボローニャのパンがおいしかったんだと思うけど(笑)

何とか引越しが終了したので、彼の実家へお母さんを迎えに行き、食事の用意がしてある私の実家へ・・・。

ウキウキモードから一気に緊張モード。でも、ここを乗り切ったらあとは楽しい同棲生活だ♪♪♪

私達本人は、高校時代から付き合っていたからお互いの家に遊びに行ったり来たりで相手の親に会ったことはあったけど、この日あらためて分かったことには、なんと!!!親同士が合うのはこの日が初めてだったのだ!

一応、数年前に結婚しますって話まで進んでたってのに、まったく信じられません。

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うちの親は(特に母は)先入観や思い込みが激しく、一時期はまっていた思想団体の考え方にも影響を受け、当時は彼と私の交際にあまりいい顔をしていなかった。

その思想団体の教えとは『最も罪なことは(悪いことは)離婚すること、世に不良の子を出すこと、火事を出すこと、この3つである』というものだった。困ったことに、その悪条件が3拍子そろっているから彼との交際はダメだというのだ。

これを聞いたのは、私が高校生か、短大生の頃のことだった。

会う約束をしていた彼が私を迎えに来たある日のこと、玄関のチャイムが電池切れで鳴らなかったらしく、彼はそこでしばらく待っていたらしい。

私は2階の部屋で出掛ける準備をしていて、下にいた妹に「お姉ちゃーん、彼が来たよー!」って呼ばれたので下に降りていき、そのまま出掛けた。普段と何の変わりもない、いつもどおりの彼とデートして帰宅すると、心配そうに妹が私に声をかけてきた。

「大丈夫だった?彼?」

「何が?」

「いやぁ、お姉ちゃんが出掛ける前にさ、お母さんが私にグチグチ言ってたこと、彼聞こえてたと思うんだよね。チャイム鳴らなくて、気づかないでお母さん色々言ってたから・・・」

「何を?」

私は3大悪そろったうちに嫁にやるために、娘を20年も育ててきたわけじゃない』とかなんとかさ・・・。そんな話、私も聞いてたくないから上に行こうと思って廊下に出たら、玄関に彼が立ってたんだよね。ビックリしちゃったよ。彼、傷ついたんじゃないかと思って・・・。」

カーッと熱くなった。それはないでしょって苛立ち?怒り?負けるもんかっていうような気持ち?・・・いろんな気持ちがこみあげてきては沈んでいって・・・。このとき、絶対いつかお母さんに分からせてやるって思った。本当に聞こえていたかどうだか分からないけど、いつもとちっとも変わらなかった彼を、大事にしようと思った。

彼の両親が離婚していたって、それは彼のせいではないし、火事は彼のうちじゃなくて離婚しているお父さん方のじいちゃんちでずっと前に小火(ボヤ)出しちゃったことを気にしている、いわゆる考えすぎのこじつけだったし、彼の妹は確かに中学校のとき学校一の『やんちゃ』だったけど、優しくていい子だったし・・・。

本人のことを知りもしないで、環境や世間体や杓子定規な考え方でその人を判断するのは、私は嫌いだった。だから、そんなんで彼との交際を反対するなんて間違っているんだってこと、母にどうしても思い知らせたかった。そのためには、彼と幸せにならなければならなかった。

・・・だからかな?必要以上に(?)彼とうまくやってけるように頑張ってきた気がする(笑)。ま、そのおかげで今があるとすれば、結果オーライってことだけどね。

今でも忘れられないあの日の玄関先の出来事。これが頭をかすめて『両家顔合わせ』みたいになった引越しのあとのお食事会、どうなることかと緊張せずにはいられなかったわけで・・・。

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2006年3月31日 (金)

⑪脱!パラサイト☆シングル

ルスツライフ終盤には『有珠山噴火』も体験し、貴重な経験となった。ルスツにも、風向きによっては灰が降り、日に日にゲレンデを汚していった。

余震が続き、フレンチレストランのディスプレイで積んであったグラスタワーがいつ崩れ落ちるか(撤去しちゃえばよかったのに)ハラハラだった(´Д`;)

夜寝るときにも、心配性の私はTV(NHK災害情報)つけっぱなし。

ルスツの被害はそんなでもなかったけど、洞爺あたりから向こうの観光ホテルや飲食店などはメチャメチャになって、臨時休業せざるをえなかったみたい。

交通規制も敷かれて、そこから先には行けなかったから、洞爺の飲食店でよく飲み食いしていた私達はちょっと切なかった。いつものあのお店もだめになっちゃったのか・・・。

名残惜しいルスツを、仲間より少し早めに旅立った私は、いよいよ彼の元へ・・・。

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私の母は純情で、生真面目な人だった。

だから、恋をした私はしょっちゅう母とぶつかっていた。

彼と出掛けるって申告すれば、家を出してくれなかったりするわけ(´Д`;)

朝帰りをすれば、玄関に正座して待っていて、やっと帰った娘を見て泣くわけ・・・(´Д`;)

もう社会人なんだからいいじゃんって思うのに、出掛ける私を追ってくる、母のいつもの台詞・・・

「どこ行くの?誰と行くの?何時に帰ってくるの?」

ん~もうっ!!!

うるさ~いっ!!!

母娘喧嘩が始まると、どちらも引かない。口が達者(?)なもんだからお互いに『ああいえば、こういう』パターンが延々と続く。

父が仲裁に入ったりなんかすると、母娘二人とも矛先が変わり、なぜか関係ない父がコテンパンにやっつけられちゃったりするわけ(´Д`;)

ホント、一緒に住んでいるうちは、ライバルのような、天敵のような、そんな存在だった母。

そんな母に『同棲する』なんて告白しちゃったら大変なことになる。

もちろん反対するだろうし、それでも押し切ろうとすれば妨害するだろうし、うまいこといかなくなるのは目に見えている・・・。

だから私達は、こっそり着々と計画を進めていた。

一緒に住むアパートを探し、引越しを手伝ってくれる仲間を探し、トラックを動かせる先輩をお願いし、アパートが決まって賃貸借契約を結び、もう準備万端。

あとは、引越しの日が来るのを待つのみ!

でも、さすがにいざ家を出るとなると『なんて言ったらいいものか?』とか『ちゃんと言わなきゃな』とか悩み始めていた。

家を出るまで1週間もなかったある日のこと。

母が嫌味のつもりで言った言葉が、話を切り出すきっかけとなった。

「お婆ちゃんがテレビを見て教えてくれたんだけどね、あんたみたいに結婚もしないで、働きもしないで、いつまでも親のスネかじっているようなもののことをパラサイト・シングルって言うんだってよ!

ムカッ!!!(≧皿≦)

パラサイト・シングル(parasite single);親と同居し、住居や家事など、基礎的生活条件を親に依存(寄生)しながら、独身生活を謳歌する未婚者のこと

確かにそのときは、ルスツ明けまもなくて働いてなかった。でも、ちゃんと貯蓄から家に生活費を入れていた。 『パラサイト(寄生)』なんて心外だわ!!!

ってことで、ビシッと言ってやった。

「心配しないで。あと数日で私ここ出て行くことにしたからサ。」

「は!?」

彼と同棲することにしたから。アパートの契約も済んで、入居の日ももう決まっちゃってるからね。いつまでもここにいないから、安心してよ。」

ここからまた母娘の言い争い、エンドレス・・・。

そのうち諦めたのか、呆れたのか、母がしくしく涙を拭きながら語り始めた。

「あなたがまだ1才ちょっとのころに妹ができて、落ち着いたと思ったら今度は弟ができて、甘えたい盛りのあなたにちゃんと愛情注いであげられなかったの、お母さん後悔してる。だから、不満があって、こうして反発するんだろうな~って思う。私の育て方が悪くて、申し訳なかったと思ってる。」

ムッカー!!!(≧_≦)

「愛情足りなかったとか感じたことは、一度もありません!むしろウザったいと思ってたくらいだから!ただ、私はやりたいことをやろうと思うだけ。人生太く短くって思うだけ!」

「せっかく産んだのに、『太く短く』なんて言わないで。長生きしてちょうだい・・・」

「気持ちのことを言ってんの!お母さんの言いなりになって、やりたいこと我慢して、無駄に毎日暮らしていくつもりはないってことを言ってんの!」

それから私は、どんどん今まで口にできなかった思いをぶちまけていった。

                                           

結婚するって言ったのに、何故私達が別れることになったのか?

うちの親は私が長女だったから結婚式を盛大にやってほしいと願い、彼の親は片親のため、わざわざ人前に身をさらすのが嫌だとこぼし、こじんまりとした披露宴の方がいいと願っていた

板ばさみとなった私達は、その問題をどうすれば乗り越えられるかが分からなくなって、ストレスになって、プレッシャーになって・・・結婚も、二人のことも、投げ出してしまった。

もちろん自分達の気持ちが弱かったことも原因だったけど、少なからず結婚式するしないは、若かった私達にとってかなりのダメージだったのだ。

「お母さんたちが、私たちが結婚するってことよりも『結婚式』にこだわってたから、あのときもう嫌になって私達別れたのよ!今回は邪魔されたくないから、密かに準備してきたんだから!」

ちょっと、言いすぎだったかな・・・。

そんなこと、思いもよらなかった母が驚いてまた涙をこぼす。

その他にも何かいろんな話をして、二人とも泣いたり、怒ってみたり・・・。

いろんな手で私を説得しようとした母だったけど、やっと諦めたらしく

「だったら、相手の親御さんともちゃんと会いたいと思うから、引越しが終わってからでも、うちに来てもらうように伝えてちょうだい・・・」ってぽつんと言った。

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2006年3月28日 (火)

⑩遠距離マジック!?

ルスツでの生活も残すところわずかとなって『山病』とか『ルスツマジック』とか呼ばれる恋が多数発生していた。

『もうすぐ会えなくなる』って思いが、閉鎖的な山の中で生まれる『錯覚の恋』に拍車をかけているようだった。

私はといえば、気になる人がいないわけではなかったけど、それが恋とは違うってこともわかっていたので、時々きゅんとする胸をなんとか落ち着かせながら、仲間との団欒と、ボードと仕事をそれぞれ楽しんでいた。

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ルスツに行く前の北海道の印象は『食べ物が美味しい』『自然が美しい』『広い、でっかい』『雪が多い』などだったけど、実際に行ってみて新たに分かったことは『カメムシが多い』ということだった(・_・;)

仕事の分担の中にも『カメムシ担当』というのがあったりした(笑)

ルスツリゾートだけがカメムシが多いわけではなく、温泉や、他のお店に行っても、とにかく必ずといっていいほどどこにでもカメムシはいた。

あんなに雪が多いのに、冬でもお構いなしで大量発生している。

寒さに強い虫なんだろうか?

カメムシの扱いは、間違えると大変なことになった。

ルスツで推奨されていた(笑)処理方法は、ガムテープなどで捕獲し、そのままガムテープで密閉封印して処理するのがよかった。

間違ってシンクに流しちゃったりすると大変な臭いが発生したし、ヘルプで婚礼披露宴のスタンバイに行ったときには『カメムシ掃除機』と呼ばれる使用禁止の掃除機(使えないなら、捨てちゃって!)を誰かが間違って使い、排気口から出る臭いにやられてみんな具合が悪くなったりした。

・・・っていきなり話が横道入っちゃったけど、カメムシのこと思い出したらどうしても書きたくなっちゃったので・・・。

そんなこんなで、私の刺激的なルスツでの生活も終わりにさしかかり、別れた彼と電話をしていたときのこと。

地元に帰ったときに飲みに行った、彼の同僚M君のことが話題になった。

「いいよね~、M君たち同棲してるの、なんか楽しそうだよね?」

「そっちに帰ったら、私達も同棲しちゃおっか?」

「・・・そうするか?」

短期間とはいえ、離れた環境にいたからだったのか?

それとも適当だったのか?

・・・いずれ、そんな簡単なやり取りで、ルスツが終わって帰ったら、彼と一緒に暮らすことになった。

そう、私達ってば、同じ人とくっついたりはなれたり、3回別れて4回付き合ったことになる。

彼は3回目の別れ中に、私以外の人と一度付き合った。

高校時代に付き合い始めてからなぜかずっと『何があっても、結局この人は私から離れられないはず』って思い上がった考えがあって、彼を困らせるようなことをいっぱいしてきたような気がする。

最後に別れた時には

「今までお前にばかり時間もお金もかけてきて、男友達との付き合いがほとんどできなった。これからはそれをやりたいと思うから、もう、お前とは戻らないから」

・・・ってなことを言われた。

グッときた。

交代勤務の彼を、休日も、平日もほとんど独占してきたのは事実だったから。それが私と元に戻りたくないための口実だったとしても、事実に変わりはなかったから。

それでも、彼の気が済めばまたいつか元に戻れるんじゃないかと心の片隅に思うところもあった。

別れても、別れても、最後は必ずこの人とくっつくはずって思ってた。

それなのに、彼に私以外の彼女ができたと知ったときには目が覚める思いがした。

『この人、私以外の人とも付き合えるんだ!』

『大事にしないと、いなくなっちゃうんだ!』

って『気付いたときにはもう遅い』パターン

∑(゚∇゚|||)

                                             

・・・なのに、ここにきて運よく(T_T)、奇跡的に(T_T)、また元のサヤ~゚+。:.゚ヽ(*T∀T)ノ゚.:。+゚

私にとって、会ったこともないその彼女は、かけがえのない人になった。一生忘れられない先生となった。

彼女の存在がなかったら、もしかしていまだに大切なことに気づかずに生きていたかもしれないんだから・・・。

✿ฺ:*:・・:*:✿ฺ ・:*:・・:*:・✿ฺ ・:*:・ ・:*:・✿ฺ:*:・ ・:*:✿

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2006年3月26日 (日)

⑨あの時、親よりも・・・

ルスツ生活も2ヶ月を過ぎた頃、相方が一度地元に帰って車を持ってくると言い出した。

慣れてくると、ルスツだけでは飽き足りなくなったのだ。

休みの日などには、車があればどこにだって行けるから。

そこで、私も一緒に帰ることにした。

飛行機だったか、フェリーだったか、どちらで帰ってきたのか覚えていない。

ただ、帰る時間の合間に、天気のいい日中の札幌雪まつりをざっと見た記憶はある。

青空の色が映って、水色に見える氷のお城みたいなのがとてもキレイで印象的だった。

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地元に帰り、私が行った先は実家ではなく別れた彼のところ

実家には、私が帰省することは教えずにルスツから戻った。

ちょっと後ろめたかった。

・・・でも、実家に帰っちゃったら『別れた彼』に会いには行けない。

21歳の頃、結婚しますからって挨拶交わしといて、ほとんどすぐに別れることになっちゃった彼に会うなんて、親には言えない。

第一、別れたことすら言ってなかったし。

・・・言わなくても親は気づいていたと思うけど。

だって週末はいつも彼と会い、平日だって会えるときは会い、に居つかなかった私が、突然どこにも出掛けなくなっちゃったんだから、気づかなかったわけがない。

あの頃実家では、暗黙の了解で彼の名前を口にするのがタブーになっていたようだった。

そんなに親に気をつかわせておきながら、ほんの数日しかいない帰省のときに『彼とは別れているんだけど、会いに行って来る』なんて言って家を出られるわけがない。

しかし、おかしな2人だったよね(´Д`;)

今考えても、意味が分からない(´Д`;)

でも、会いたくて電話をすれば、別れているのに迎えに来てくれる彼。

その日、偶然彼の同僚M君から「一緒に飲もうか?」と誘いの電話があって、M君と彼の同棲中の彼女、私達の4人でカラオケに行った。

M君は私達が以前付き合っていたことも、今別れていることも知っている友達だった。

「お前ら、どうなってんのや?」

聞かれても、答えようがない私達だった。

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そしてルスツに戻る日。

車があるから、今度は1日1便しかない朝一フェリーで行くことになっていた。

搭乗手続きなどのため、早朝6時前にはターミナルについていなければならなかった。

まだうす暗い時間、ようやくお日様が出そうな朝焼け前

彼にそこまで送ってもらい、車を降り・・・

ドアを閉めようかってところへ、相方が飛んできた。

「きぃ!隠れてっ!!!」

私を車の陰に押し隠す、彼女の視線の先には・・・

!!!(((( ;゚Д゚)))なんでっ!?

私の母がいた。

相方のご両親と何か話をしていた。

私も帰ってきてたこと、バレたの!?

母は前日、車で取りに行ってくれた相方に、私の荷物を預けていた。

「私はそっちに帰らないけど、相方が車で寄ってくれることになってるから、彼女に荷物を預けてね」

・・・って追加で持っていきたかった荷物を、揃えておくように言ってあったから。

自分の娘の荷物までわざわざ取りに来て、持って行ってくれる私の相方を、見送りに来たのだと言う。

こんなに朝早く・・・。

胸が痛みました(´Д`;)

「向こうについたら一緒に食べてね」と母に手料理なども預けられた相方。

「きぃ、あんた、悪いことしてるよね~」

「うん・・・。だよね・・・」

相方が車でフェリーに上っていくのを見送る親達。

その隙に、車じゃない人用のエスカレーターを駆け上る私・・・。

見つからずに、無事出港。

向こうからはきっと小さくて見えない、フェリーの窓のこちら側から見た母の顔。

ゴメン、母さん。

ゴメン、母さん。

ちっとも私のことなど疑っていない顔。

晴れ晴れとした顔で『相方』を見送る母の顔。

騙して、ゴメンね・・・。

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2006年3月18日 (土)

⑤思い出♪其の二

クリスマス・年越しカウントダウン・バレンタインデーなど・・・

イベントの日、なぜかシフトが休日にあたる私。

そしてもう一人、同じレストラングループで働く男の人(バツイチ年上)も、いつも一緒に休日にあたる。

はじめのうちは偶然かと思っていたけど、あまりに重なる『イベント=2人でお休み』に不審を抱き、その彼と2人で上司に聞きに行ったことがあった。

「もしかしてKさんは私達をくっつけようとしているんですか?」

                                        

レストランごとにシフトを決めたり、いろんな管理をしているエライ人がいる。

その人たちは『黒服』と呼ばれる人たち。

Kさんは私達の上司の黒服で、彼こそ黒服の中の黒服といえるような、尊敬できる素敵な人だった。                                           

仕事はマジメで、デキる人で、優雅で、品があって・・・

コワそうで、近寄りがたくて・・・。

でも実はユーモアがあって、部下思いで優しくて・・・。

レストランの入口付近でお客様を迎える黒服Kさんは、ピシッと音が聞こえるくらいの綺麗な姿勢

「かぁっこいい~♡」

いつも女の子達みんなでドキドキしてた・・・。

                                           

「え?そうか?・・・いつもそうだったか?それは偶然だよ、オレは無実だからな。悪いが愛とか恋とか、そんな深いとこまで考えてシフト組んでる余裕はないからな。」

Kさんは笑った。

忙しい日に休みなんて、これほどラッキーなことはないのかもしれない。

でも、その仕事場はとても雰囲気がよくて、メンバーがよくて、上司もよくて、仲良くて、とにかく最高な環境だったから・・・

忙しくても『楽しいイベントの日』にお休みが当たっちゃうと、なんだか損したような、寂しいような・・・

みんなと一緒に居たかった。

それで、シフトから外れたうちら2人はというと・・・

休みにもかかわらず、いつも職場に顔を出しに行っちゃうのでした。

クローズの頃を見計らって行き、お客様がいなくなったら私服で後片付けを手伝い、みんなでワイワイやってから一緒に帰宅するのでした。

                                           

私がルスツに行ったのは1999年~2000年にかけての冬。

そう、年越しカウントダウンは『ミレニアム・カウントダウン』とか言って、やたらと盛り上がっていた年。

ルスツに来ていたお客様達は、楽しい食事を終え、ライトアップされたゲレンデや打ち上げ花火を見ながら、大切な人とカウントダウンを楽しんだのだろう。

それはきっと忘れられない思い出になったのだろう。

                                          

私達だって、あれは忘れられない思い出になっている。

レストランの後片付けも終わり、まかないを頂き・・・

戸締りと消灯をして乗った、業務用の薄汚れたエレベーターの箱の中で、カウントダウンだった。

ミレニアムという豪華な響きと相反するこのショボさが、たまらなく面白かった。

ひっそりとケータイを取り出し『明けオメール』を送った。

「あ・・・」

エレベーター内につき『圏外』だった。

「バッカだな~お前~」

狭い箱の中、ギュウギュウ詰めの仲間たちが爆笑した。

でも『不要出勤』したおかげで、年越しに寮の部屋で一人・・・じゃなくてよかった(笑)

○ο。本当に楽しかった。ο○

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2006年3月17日 (金)

④思い出♪其の一

結局私達は、不採用から一転、二人揃ってルスツに行けることになっちゃったのだ(≧∇≦)b

二人っていうのは、弟君をのぞいた友達と私。

弟君は不採用通知を受けてすぐに、別の期間従業員に応募して採用が決まっていたので、ルスツではなく一人長野に行くことになったから・・・。

                                           

新千歳空港から直行のバスに乗り、ルスツ到着。

寮は社員は個室だけど、期間社員は2人一部屋という事だった。

でも、嬉しいことに彼女と同部屋。

二人ともレストラン希望だったけど、十数か所もあるレストランの中で、別々の和食レストランに配属になった。

そこでは作務衣っていうのかな?・・・そんな感じの制服に前掛け、足袋に雪駄を履いてお仕事。

足袋に雪駄・・・。

これが慣れてないから、足の指の股がとても痛い(´Д`;)

仕事中だけじゃなく、もう常にしびれていて親指の感覚がない状態が当たり前になっていた。

                                           

修学旅行やアジアンツアーなど、団体客が入った時などは、主にバイキング形式のレストランが使われる。そんな時は配属先以外の忙しいレストランに『ヘルプ』で召集されることになった。

ヘルプの時用の制服でブラウス・ベスト・スカートも貸与されていた。

そして、ヘルプの時は自前のパンプスを履くんだけど、雪駄にやられた親指がぎゅうっと押し込められて、これがまた痛かった(>ε<)

                                           

『朝食』があるときの朝が大変。

私の和食処は繁忙期しか朝食がなかったけど、相方の和食処は毎日朝食があった(´Д`;)

だから彼女はほぼ毎日、早朝5時半とか6時とかいう出勤時間だった気がする。

ちなみに仕事は『朝食』だけじゃない。『夕食』の仕事あがって帰ってくるのが午前0時前後。

よく頑張ってたよ・・・。

                                           

二段ベットの上が私で、下が彼女。

ケータイのアラームセット!目覚まし時計もセット!さらに

「もし、きぃが起きたとき、私が起きてなかったら起こしてネ♡」

・・・私にもお願いしとくトコ、用意周到( ̄ー ̄)

そして彼女は『おやすみ3秒』の人。

人に話を振っといて、私が返したときにはもうスヤスヤ眠り姫・・・。

すばらしいのなんのって(笑)!!!

                                           

朝、下の彼女の枕元で目覚ましが鳴る。

本能的反射というべきスピードで『即』止めちゃう彼女。

続いて、ベットから完全に体が出なきゃ届かないところにセットした、ケータイのアラームが鳴り響く。

鳴り響く・・・・・。

鳴り響く・・・・・(っ-_-)/はい、私が止めましょう。

って感じで、下に降りて起こしてあげると、飛び起きた彼女は、まるでちょっとした竜巻のようにくるくると仕度をしながら、ぼんやりしている私に「お母さん、それ取って!」だってサ!

あわただしさと半寝ぼけ効果によって2~3回くらい、私はルスツで彼女の『お母さん』になりましたから(笑)

                                           

そして、たぶんルスツの早朝対応としてのみ使われたと思われる、彼女の朝の時間短縮の技は『眉毛は前日から描いておく』

                                        

夜、お風呂上りに、またキレイに眉を描き、ウォータープルーフの『眉コート』を塗っておく。

すると朝、もし寝坊しても・・・

洗顔で落ちない『眉』

さらに、描かなくてもいい『眉』

すばらしいのなんのって(笑)!!!

接客業の女性にとって『眉』は必需品ですから

                                           

そして『朝が大変』はまだ続く・・・。

冬の北海道の早朝って、真夜中のように真っ暗だし、前日から雪が降り続いていたりすると、ホテルまでの道の除雪が行き届いていなかったりする。

ホテルまでの道といっても、だだっ広い駐車場を横切るだけ。

寮からほんの2~300mしかないんだけど、除雪されていない時や、吹雪の時なんて、そりゃもう大変な道のりになってしまう。

出勤するのにボードウェアとゴーグルを装備し、プラス気合いを入れて行かなきゃいけないのだ。

あまりの吹雪で前かがみになり、4~50cmも積もった雪を漕いで前進。

ふと顔をあげてみると・・・

まっすぐ歩いていたつもりが、とんでもない方向に進路がズレている(((( ;゚Д゚)))!?

ただでさえ遠く感じる雪の道のりを、自ら遠回りしちゃってる!?

ぬぅぅ、吹雪恐るべし。

ゆえに、朝っぱらから・・・脱力~(T。T)

                                           

ま、こんなところかな~?

楽しかった思い出♪其の一。

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③敗者復活

頭の中が真っ白。

採用される自信があったとか、そういうんじゃない。

必ず採用されるわけじゃないっていう、当たり前の現実をすっかり忘れてしまってた。

あまりに希望に胸が膨らみすぎていて・・・。

DMサイズの薄っぺらい封筒が届き、ちょっと嫌な予感( ̄Σ ̄;)

開けてしっかり予感的中・・・。

そうさ、採用ならば手続きやら、仕事の説明やら、なんかとりあえずもっと厚くて大きな封筒が届くはずなのさ・・・。

ふぅ~・・・。

                                           

現実に戻り、ほぼ放心状態の数日が過ぎた。

でもやっぱり臨時職員の仕事は更新しないことにし、任期残りわずかとなったある日のこと。

帰宅すると私に電話がかかってきた。

                                           

聞きなれない会社名に、不審な様子で母が私に取りついでくれた。

「先日、一旦不採用という事で通知しましたが、実は人数が不足となってしまったので、もしよければ来て頂けないかと思いまして・・・」

∑(゚∇゚|||)エーッ!!!

こんなことってあるの?

                                                                                                   

・・・どうせ一回、書類選考落ちちゃってるんだし・・・

ざっくばらんに聞いてみた。

どうしてこんな事態になったのか?

落とした人みんなに電話してるのか?

                                                                                                   

なんでも、うちらと同じく友達同士、つるんで応募した人たちが採用を辞退したために大幅に採用予定を下回ってしまったという。

仲間の誰かが不採用だったりすると「友達と一緒に働けないなら辞退します」みたいなことで、思いがけずどっと人員不足に陥っちゃって困ってしまって・・・なんてことだった。

そして、不採用の人全員に電話をかけるなんて大変なので、来てくれそうな人に目星をつけて電話をしているんだとか・・・。

そこで私が拾われたポイント・・・

それは、履歴書の本人希望記入欄。

『職種:レストラン希望(それ以外の職種でも空きがあれば働きたい)』

これがモノを言ったらしい。

この子はどうしても働きたいんだな~って感じがにじみ出てたからって。

                                           

・・・だったら最初から採用してくれ!

( ̄ー ̄;)

                                           

そりゃ行くよっ!もちろん行くよ!

・・・でも待てよ?

私はためしに言ってみた。

私と一緒に、友達も採用いかがでしょうか?

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2006年3月16日 (木)

②はじめの一歩

別れた彼も、彼の5つ下の弟君もスノーボードをする人だった。

別れているくせに、話をしたり、会ったりする不思議な関係だった彼と私。

なんちゃって山籠もり(やまごもり)をしにルスツに行く、という話は彼から弟君にも流れ・・・

当時、居酒屋勤務だった弟君は、それを聞くと自分も行くと名乗りを上げ、うちら3人はおのおの、そりゃもう喜び勇んで期間社員募集に応募したのですノ(〃^∇^)ノ

”思い立ったが吉日”ライクな弟君は、速攻で居酒屋を辞めちゃって、もう準備万端(笑)!

                                           

履歴書を書きながら、気分はすでに北海道入り♪

みんなもきっとそうだったはず♪

でも、人生そんなにうまくは行きません。

そりゃそうだよね(´Д`;)

                                           

はぁ~<(_ _;)>

情けないことに、うちら3人とも

『今回は残念ながら不採用とさせていただきます・・・』

って1枚の紙切れにあっさりお断りされちゃったのだ( ̄Д ̄;)

                                          

明るい未来へ、楽しい明日へ・・・

軌道修正されたはずの私の人生、はじめの一歩ですっ転び!

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2006年3月15日 (水)

①ルスツに行こう

昔の話。

会社に勤めて3年で、仕事をやめた。

そのあと、市役所の臨時職員で半年くらい働いた。

臨時職員の任期は更新して最長2年働けるということだったけど、給料も安すぎるし、セクハラ職員が多すぎたし、一握りのマジメな職員の他は臨時職員に仕事を丸々預けてPCなんかで遊んでばかりだし・・・。

税金がもったいないと思っちゃった。

臨時なんか雇わずに、正職員がしっかりまじめに働けば充分こなせる仕事だと思った。

私がもらった微々たるお給料だって、これ税金だ。

イベントがあれば、歩いていけるようなところへも『タクシー券』が出る。

「お使い行ってきてね~」って。

イベントが終わって余ったタク券は、そのとき使わなくても「イベントの帰りに使ったことにしなさい」とか言って渡されれば、それで何の問題もなくなるなんて・・・。

『臨時』といいながら『常時』補充され続けるその存在は、予算消化のため・・・?

若い娘を(まあ、男性もいたけど)次々と短期で雇うのは、職場に『華』を添えるため?

いろいろ胸につかえる思いがあって・・・。

ちょっと肌に合わない環境だなって思った( ̄Σ ̄;)

青かった(笑)?

いや、普通だよね?

                                           

そんな思いで迎えた更新時期。

どうしようかな~と思っていたところに友達が面白い話を持ってきた。

「期間社員でルスツに行ってみない?」

リゾートホテルでの仕事。

寮に住み、仕事以外のときは目の前にあるゲレンデでいくらでも滑れるフリーパス付き♪

○ο。ドキドキしました。ο○

私の人生でこんな選択肢が出てくるとは、夢にも思わなかったから。

でも・・・。

北海道なんて、遠すぎるよ・・・。

まだ好きな、別れた彼のいるこの町(田舎だから”街”とはあえて言わない、でも”村”とまでもいかない)を離れたくないよ・・・。

                                           

『別れた彼』はもちろん今の旦那(笑)

高校1年から付き合いだして、3回目くらいの『別れ』中だった。

なんていうかその頃は私の人生『長すぎた春』どんぴしゃだった。

                                           

私が頭の中で考えをめぐらせたのはほんの一瞬だったと思う。

それなのに友達はきっぱりとまあ、言ってくれたわけ。

きぃには無理だね!?どうせ『ここ離れられない』とか悩んでんでしょ?」

「行かないよね?いや、行けないでしょ?」( ̄ー ̄☆)

ウジウジ悩もうとした私に発破をかけた。

まんまと乗せられた?って可笑しくなるくらい私ってば単純な反応。

「私も行きたい・・・。いや、行く。私も行くよ!」

年下のその友達に、私の人生の軌道をグイッと変えられた瞬間だった。

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2006年3月10日 (金)

Cry for the moon

旦那が仕事に出たら、速攻で娘を寝かしつける。

『早く寝て・・・』

ちょっと焦っていた。友達が来ることになっていたから・・・。

不良ママかな・・・?

今日はまあまあ早目に寝付いてくれた娘。

そして友達が来た。

恋の悩みを持って・・・。

✿ฺ:*:・・:*:✿ฺ ・:*:・・:*:・✿ฺ ・:*:・ ・:*:・✿ฺ:*:・ ・:*:✿

こないだの月曜日、晩御飯を食べながら何気に見ていたテレビで『あいのり』をやっていた(うちってば、なんて時間に晩御飯食べてる!?)

いつも見ているわけではないので、内容まったく分からず。

でも、告白シーンの展開は大体ワンパターン。

ダメならチケットを返す・・・の場合

①相手のいいところを挙げ期待させる。

②お決まり!逆説の接続詞『でも』とか『だけど』が言い渡される。

③ごめんなさい・・・。

                                           

②の時点、いや①の時点で結果が分かるようなものなんだけど、それでもなんとなく見入ってしまった。

私「あ~、なんか恋愛っていいよね~」

(✪ฺܫ✪ฺ)

旦那「何!?またオレ相手に恋愛するってか?」(*`ー´)

私「いや、そうじゃなくてさぁ・・・」(ー。ー)

軽い・・・冗談トーク・・・?

                                           

相手の気持ちを考えてドキドキしたり、話す言葉を選んで慎重に会話をしたり、切なくなって泣いちゃったり・・・。

実際、叶わぬ恋は辛い。

叶うかどうか分からぬ恋は切ない。

でも、あの切なさって・・・

なんか気持ちよかったんだよね・・・。

今こうして、切ない恋を乗り越えてここにある旦那との暮らし。

恋人の時にはこの幸せを求めていたはずなのに・・・。

結婚した今となると「恋っていいな・・・」だもんね。

                                           

Cry for the moon...

ナイモノネダリ...

ココニ無イモノをいいと思ってしまう、

ナイモノネダリ・・・

ココニ在ルモノには慣れてしまって、

もう幸せと感じなくなってしまう、

ナイモノネダリ・・・

ココニ無イモノがいいと思ってしまう、

ナイモノネダリ・・・

それではいつまでたっても幸せにはなれぬ・・・。

ココニ在ルモノに気づかなければ、

幸せにはなれぬ・・・。

                                             

恋をして、この人のためにどれだけ涙を流したか・・・

そんなの彼の知ったこっちゃない、私が勝手に流した涙。

でも、流した涙は無駄にはならない。

涙を流さずにいられる今が幸せと感じられる・・・

そのための涙だったのか・・・?

それはどうか分からない

                                           

でも恋をして、彼を想って泣いたり

切なくて、ご飯が食べられなくなったり

眠れなくなったり・・・

そういう経験をすることは、とても素敵なことだと思う。

                                           

『甘さ』を美味しく感じるためにはほんの少しの『塩辛さ』も必要なように・・・

涙する時期、悩む時間というのは、恋する者に必要な『ひとつまみのお塩』なのかもしれない・・・。

                                           

今、彼女の恋はお塩をひとつまみ振らなければいけない時期。

不謹慎かもしれないけど、切ない恋♥真っ最中な彼女がうらやましく思えたりして・・・。

深い味わいになったこの恋をモノにして、振り返ったら・・・

きっと彼女も懐かしく思うはず。

『切ない恋っていいよね~』とか。

・・・今の私みたいに。

私もそこを、乗り越えてこれたんだよ。

年下だけど、私の人生の師匠である彼女なら、きっと大丈夫。

大丈夫、大丈夫。

彼を信じて、自分の気持ちを信じて・・・

でも、今はいっぱい泣きなさい。

ちなみに私は当時、ホイットニー(スペルすら覚えてない、その時だけのファン)の”Run to you”とかいう曲を聞いて毎日泣いてた。

なんかスゴイいい歌詞だったんだけどねぇ・・・

今思い出せるのは

”I wanna run to you~♪”

・・・のみ!

過ぎちゃえばね、きっとそんなもんなのよ(≧∇≦)b

頑張って!!!

 

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